「あ……」
「主、どうした?」
小さく声を上げた和泉に気付いたスノウが、彼女を呼んだ。
それに気付いた和泉ははにかんで一枚の写真を示す。
「これは……」
「懐かしいですよね。」
にこりと微笑んだ和泉はここ数年で美しい女性へと日々成長中だ。
彼女の美しさに誘われる男は数知れず。スノウはそんな彼女を守るのが使命。
写真を覗き込む。
そこには数年前の自分と目の前の主、そして主の大切なファミリーたちが写っていた。
愛おしそうに写真の中心にいる少年を見る彼女は、細く白い指でそっとその少年をなぞる。
「彼も……まだこんなに幼かったのか…。」
「そうですね…」
懐かしいな…。
鈴の音のような声が綺麗に響き、その持ち主は可愛らしくはにかんだ。
まだあどけなさの残る、無邪気な笑顔。それを守るためなら出来ることは何でもしたいとスノウは思う。
雪のリングを首から下げている自身の守るべき人は、相変わらず細い体に華奢な肩をしている。
彼女を守りたい。
そう思ったのは写真の中の自分よりも少し前、雪の守護者戦のことだった。
命を救われた自分は、彼女が自分を人として扱い微笑んでくれたことに感銘を受けたのだ。
そうして彼女に仕えるようになってから、彼女の笑顔は本当に笑むためのものだと理解し、また茫然としたものだ。
「主、」
そう遠い思い出でもない出来事を思い返しながら、スノウは彼女の前に改めて膝を折った。
「どうしました?」
「名を…俺に名を与えてくれないか。」
「名前を……?」
大きな目を更に見開いた和泉に、首肯する。きょとりと目を瞬かせる彼女はひどく幼く見えた。
「んー…そうですね……」
何も聞かずに、主は首を傾げる。
いつもいつも彼女は自分がいきなり何かを言いだしても、理由を聞かずに微笑んでそれを受け入れてくれる。今回もそのようだ。
それに内心感謝を述べて、スノウは頭を下げる。
「いきなり申し訳ない…主。」
「いいんですよ。でも…悩んじゃいます。」
優柔不断ですみません。
困ったように笑う彼女はそれでも必死に考えてくれているらしかった。
それがスノウには嬉しくてうれしくてたまらない。
「今の名前を……残すわけにはいきませんか?」
「今の…名を…?」
「そうです。だって丸ごと変えてしまったら、誰もスノウさんだって分からないです。」
「俺は構わない。主さえ、名を覚えていてくれれば……」
「私だって間違っちゃいそうですから。ね?」
スノウ・ヴァクオ。
ヴァリアーの連中が適当に名付けたもので、英語とイタリア語で構成されている。
ちぐはぐな名だが、何と呼ばれようと別段構わなかったのでそのままにしておいたのだが。
ね、なんて言われてしまったらさすがに頷くしかない。
「主がそう言うのなら……」
「…では、Iを入れましょう。」
「あ、い……?」
自身が眉を寄せたのが分かったのか、主は頷いてしゃがみ込んだ。
つまり、自身の視線に合わせるように主が屈んだということ。
なんて恐れ多い!
驚いて顔を上げたスノウの手を、和泉の白い手が優しく握る。
「そうです。イノセント、のI。」
「イノセント……?」
「はい。英語で無垢という意味を持つ単語です。」
「無垢…俺が?」
「はい…スノウさんは無垢ですもの。」
「……。」
返答に困っている自身の様子を感じたのか、主は安心させるように自身に微笑みかけた。
「それに、イタリア語でも無垢の意を含む単語にIが使われています。」
「……主…」
「それに……Iは日本語で言えばあい。愛……、loveです。」
単なる言葉遊びですけれど……
そう言って可愛い主ははにかんだ。その笑顔のなんと可愛らしいこと。
その辺の女など、目に入るわけないじゃないか。
(主、俺は……)
あなたが大切です。
あなたを守るためならなんだって──…
「どう、ですか?」
「……ありがとう主。とても…良い名前だ…。」
今日から自分の名前は、スノウ・I・ヴァクオ。
イノセント。その名はスノウの心に深く刻み込まれたのだった。
(その名が意味するものは、空虚に降り積もる無垢な雪。)
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■ 名前の理由