leprotto

■ 結ぶ唇


黒曜中の制服を着た不良の最後の一人が吹き飛ばされ、漆黒の少年が一室の中へと侵入してきた。
おそらくこの少年が並盛中最強の不良にして、風紀委員長である人物だろう。


「ずいぶん探したよ。君がイタズラの首謀者?」
「そうですよ。」
クフフ、と妖しく笑った主は、ちらりとこちらに目だけを向けた。
その目はいつも血のような憎悪に染まっていて、見る度にとても寂しくなる。しかし、自分がこの人物に希望を見出して今まで付き従ってきたのも事実。
主の視線に頷いて、静かに少年の背後へと移動した。

「そして、君の街の新しい秩序。」
主の発言内容は少年の自尊心を激しく刺激するものだったらしい。彼の眉が吊り上がっていくのが手に取るように分かった。



「寝ぼけてるの?並盛に二つ秩序はいらない。」
「ええ、全く同感です。僕がなるから君は要らない。」
寄せられた眉から感染していくかの如く、端正な顔が歪んでいく。
黒髪が不機嫌に揺れ、少年は得物を構えた。

「……それは叶わないよ。」
構えられた得物からは鋭い棘が隆起している。先程不良を殴った時とは比べ物にならないほどの殺傷力を得た得物。
あれで殴られたらいくら主でも無事では済まないだろう。
口元だけで微笑んだ少年は主に膨大な殺気を飛ばす。しかし、主は立てかけてある三叉槍(少年にはおそらく見えていない)を手に取る事もせず、柔らかな微笑みのまま少年が行う一連の動作を見物していた。


「君はここで、咬み殺す。」
少年が途轍もない速さで駆けだしたのと同時に、主はこちらを見てにっこりと微笑む。


(合図……押さなくちゃ…)
手元のスイッチを押した。送風装置が作動し、室内に桜の芳香が漂い始める。
その芳(かぐわ)しい香りとは裏腹に、心の中は少年に対しての罪悪感でいっぱいだった。倒れる少年の姿が見えぬように、ぎゅっと目を瞑る。
今彼の目には、主の幻覚により満開の桜の木が見えているはずだ。


どさ……っ
ふらふらとよろめいていた少年が遂に倒れた。まだ意識はあるようだが、その目もどこか虚ろで今にも眠ってしまいそうだ。


「和泉。」
「は、い……」
主が笑い、手招きする。それに従うと、ふわりと抱き締められた。
主の愛用する香水が仄かに香る。しかし和泉は、この香りが苦手だった。

まるで主の素顔を隠しているような、そんな怖い香りに和泉はいつも怯えるばかりだ。



「彼をどこかへ幽閉してください。…できる、でしょう?」
「…はい。」
主が優しい声を耳に流し込む。その声はいつも和泉の選択肢からノーを奪い去っていく。優しく、真綿にくるんだように。
自分は彼に依存している。だから彼に言われたことを実行しなければ、一人になってしまうから。
逆らうことが出来ないのを分かっていて、彼は和泉に選択肢を預けて自ら選ぶのを笑顔で見ているのだ。



「では、和泉。彼を運んだ後は、敷地内に来ている客人を迎えてください。」
あえて返答せずに、見えるように頷く。すると骸は満足そうに微笑んだ。
こちらに背を向けると骸はそのまま部屋を出ていく。和泉は彼が退室してからも足音が聞こえなくなるまでずっとそこから動けなかった。
客人──おそらくボンゴレたちだ。彼らをおびき出すために、今まで並盛中に関係する人間を襲っていたのだから。

星の王子もここに幽閉している。心を閉ざした彼を見るたび、和泉はやりきれない罪悪感に苛まれた。
このままボンゴレに出会ったら彼はきっと帰りたくなるだろう。それでも自分の能力を利用されて人を傷つけてしまったから、帰らないというだろうか。

ずば抜けた能力を持っていても所詮彼は子供だ。苦しくて辛いだろう。
それは、自分たちも経験していることなのに…骸は何も思わないのだろうか?


──いやだ!僕はそんなこと、協力しない…!!
数日前、彼を捕まえた時に骸の言葉に彼が返したのは明らかな否定。
そんな彼が骸にマインドコントロールされて、今では碌に食事もとらずに骸の言いなりになる姿は和泉に虚しさを感じさせた。

「……っ、」
数日前、他の子供たちと話している時の星の王子を思い出して和泉は頭を振る。


「う……」
「っ!」
小さく呻く声で我に返った。
見れば、並盛中学校の風紀委員長である少年が眉を寄せて苦しげな表情を見せた。
彼を別室へ運ばなければならないことを思い出し、和泉は彼に近付くと腕を取る。そのまま腕を回して体を支えると、少年の体は案外簡単に持ち上がった。
彼の傷は結構深い。手当くらいしても文句は言われないだろう。


──あのね、ツナ兄はね…とっても優しいんだ。お姉さんも会ってみたら、きっとわかるよ!

正体を隠して近付いた時に見た、子供らしいあどけない笑顔。
脳裏に焼き付いて離れないその笑顔を振り払うように、和泉は唇を噛んだ。



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