飴玉一つ食べた



▽攘夷。カニバリズム。



 高杉が怪我を負った。珍しい事もあるものだ。鬼兵隊総督ともあろう人間が、傷を拵えるなんて。
 締め切られた襖をそっと開けると、畳の匂いと一緒に消毒液の匂いが鼻を擽る。それに混じって香る僅かな血の香り。高杉の、血。部屋の真ん中には真っ白な布団が敷かれ、その上に紺色の着物を纏ったあいつが眠っていた。痛々しく巻かれた左目の包帯。寝返りを打つからか、少し弛み始めている。

「……高杉」

 返事は無い。どうやら本当に眠っているようなので、音を立てないようにそっと奴に近付く。そうして傍らにどっかり座り顔を覗き込んだ。毎回毎回思うのだが、綺麗な顔つきをしている。顔のパーツが綺麗に並んでいるからこんなに麗しいのだろう。此れで今は閉じている瞼から翡翠の瞳が覗けば完璧だ。……これから先、高杉の両目が開く事は無いけれど。
 手を伸ばしするりと包帯を撫でる。左目を覆うこの白い布の下にはもう何も無い。いや、瞼や睫毛等はある。ただ肝心の瞳が無いのだ。真ん丸の翡翠の瞳は、俺が食べた。


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「腐っちまうんだとよ、俺の眼」

 綺麗な顔をぐしゃりと歪めて高杉は静かに言った。傷口から入った菌のせいで化膿して、瞳が腐っていくのだと言う。

「冗談でしょ」
「冗談で言う訳ねえだろう」
「嘘、」
「本当」

 あの翡翠色が腐り落ちてしまうなんて考えたくもなかった。それでも俺の頭の中ではぐるぐると高杉の瞳が腐っていく映像が回っている。白の中に埋め込まれたような翡翠が変色して、変な汁を垂れ流して、最期にはぼとりと落ちる。そんな映像。嫌だいやだいヤだ、イヤダ。思わず高杉を引き寄せ強く、強く抱き締める。苦しいとかいう文句は後で聞くから、今はどうか静かに抱き締められていて。

「……お前のめ、好きなのに」
「其れは何回も聞いたから知ってんぜえ。お前は本当に俺の眼が好きだなあ」

 くつくつと笑っているのが伝わる振動でよく分かる。違う、違うんだよ高杉。眼も好きだけど、お前の全てが好きなんだ。更に力を強めると、離せ、と苦しそうな声が聞こえた。仕方なく体を離すと美しく笑う高杉が居た。

「だからよお、決めたんだ」
「何を?」
「腐り落ちるこの左目。銀時にやろうと思って」

 な、名案だろう、と笑う。何が名案だと言うのか。自分の大切な瞳を俺なんかにやる、だなんて馬鹿馬鹿しい。ああ、でも、ちょっと欲しいかもしれない。そんな事を考えている内に高杉は巻かれていた包帯を外し、左目を露にさせる。深く深く傷ついた左側。未だ痛そうだ。触れたら怒られるような気がする。

「欲しいだろ?」
「別に」
「嘘つけ」
「ついてない」
「嘘だ」
「本当」
「嘘」
「…………ちょっとだけ欲しいかもしんない」
「ほらな。だからやるって言ってんだよ。素直になれくそ天パ」
「天パ言うな」

 けらけらと高杉が笑う。何がそんなに楽しいんだ、馬鹿。ふと、高杉が手を持ち上げて左側の瞼へと触れた。慈しむように撫でるその姿は、まるで最期の別れのようだ。

「そこで見てろよ」

 低い声が耳に届いた後、二本の細く長い指が瞼を押し上げて中に侵入していく。ぐりぐりと動かしながら進んでいく指。瞳から真っ赤な血と透明な涙が溢れている。痛い筈のその行為。しかし、高杉は痛みなんて感じて無いと言わんばかりに呻き声も、悲痛な叫びもあげず、只淡々と指を押し進めて行っていた。ぶちり、と小さな小さな音が聞こえる。多分、眼球を繋ぎ止めている神経か筋肉が千切れた音だろう。そこで漸く高杉が顔を歪めた。あ、なんかその顔良い。そそる。
 ぐちゅぐちゅと水音が静かな部屋に響き渡る。そうして最後に、ぼとりと鈍い音を響かせて眼球は高杉の顔からさよならをした。畳を見てみれば、血に濡れた眼球が転げ落ちている。赤と白と翡翠のコントラストが綺麗だと思う。やるよ、と声がして、俺はそっと其れを掌に乗せた。なんだかぬるぬるしてぶにぶにして気持ち悪い。けれど美しい。高杉の色。まあるい其れがどんどん飴玉のように見えてきて。甘い香りが漂っているように思えてきて。俺は、その眼球を、口に。

 暗転。


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 そうして今に至る。あの時、何か文句を言われるかと思ったが高杉は普段通りの表情で何も言わず包帯を巻き直していた。それからはあまり話しをしていない。顔もなんとなく合わせ辛かった。だからこうしてこいつが眠っている時を選んで足を運ぶのだ。名前を呼び、包帯に触れて、額に口づける。これが何時もの流れ。今日も額に口づけようと紫の髪を少し払って顔を近付ける。すると急に閉じていた筈の右目が開き、ぎょろりとこちらを見たのだ。

「た、かすぎ……」

 驚いて体を離すと、ゆっくりと高杉が体を起こした。まだ眠いのだろう。気怠るそうだ。何か、何か言わなくては。足りない頭で一生懸命考えていると、おい、と声を掛けられた。

「な、何だよ」
「一つ聞いて良いか」
「……ん」
「銀時ィ、俺の目玉美味かったか?」

 正直味はあんまり覚えていない。鉄錆の香りが鼻を抜けていった感じは覚えがあるのだが。しかし、何となく、甘かったようにも感じた。飴玉のような、砂糖菓子のような。

「美味しかった……」

 そう伝えた時に見えた、高杉の幸せそうな顔といったら。







貴方の一部になれたなら幸せ。



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