▽飼い主と捨て猫



 時計の長い針が十二へ。短い針が六へ。ぴったりと合わさった頃、あいつは帰ってくる。がちゃがちゃと鍵を差し込み回す音と、ぎい、と軋むドアを開ける音。この二つが聞こえれば、後はあいつの声が聞こえるだけ。低いけれど、優しい優しい飼い主様の声。

「ただいまー」

 ほらほらほら! 今日も時間通り。短い四本の足を精一杯動かして玄関まで走っていく。早くしないと玄関で抱き締めてもらえない。
 あ、あいつが見えた。距離はもうそんなに無い。標準を合わせて大ジャンプ。俺の小さな身体はあいつの腕の中にすっぽりと収まった。

「晋、晋、可愛い晋。ただいま、良い子にしてた?」

 大きな手が俺の頭を撫でる。ぶっきらぼうだけど、何処か優しさを感じる撫で方。にゃーと一鳴きすれば、そっか、とあいつは笑った。

「ちゃんとお利口にしてたんだね。今日は何をしてたの?」

 あのなっ、あのなっ。今日はベランダに鳩が来てて、折角お前が干した洗濯物をぐちゃぐちゃにしようとしてたから追い払ってやったんだ。感謝しろよ。
 一生懸命こいつに伝えるが、口から出てくるのは「にゃあ」という猫の鳴き声だけ。これじゃあ伝えたくても、人間のこいつには伝わらない。しかし、こいつはまるで俺の言葉が分かっているかのように「そっか、良い子だね」と毎回返す。伝わっているのか、それとも伝わっていないのか。俺が人間だったら良かったのに。人間の言葉を喋れる猫だったら良かったのに。そうしたら、こいつと毎日会話をするのだ。他愛もない会話を。
 毎日毎日そう願うのに。どうして、俺は、喋れないんだろう。



わたくしはしゃべれないのです


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