※泣き虫な君へシリーズ第二段。



 若菜が風邪をひいた。そんな事を聞いたのは丁度昼食を掻き込んでいる時で。遊びに来る、と言っていた若菜がいない理由を尋ねると、首無が答えた。

「後でお粥と薬を持っていこうと思っているんですが」
「なら俺が行く。ちょっと待ってろ」

 台所へと向かおうとする首無を制し、目の前にある昼食を急いで平らげる。いつもの食事より美味しくねェと感じたのは愛しい若菜が傍に居なかったからか。どうやら俺にとって若菜がそれ程までに大事な存在となっていたようだ。

「ご馳走さん。んじゃあ若菜の見舞いに行くかねえ」
「お願い致します。……くれぐれも変な事すんじゃねえぞ」
「しねえよ。全く、お前さんは口が悪いねェ」

 くつくつと喉を鳴らしながら笑うと首無はむっとしたような顔で黙り込んでしまった。こいつを弄って遊ぶのも楽しいが、今は若菜だ。急ぎ足で台所へ向かえば、そこには作りたての粥(湯気が立ちこめていて、熱そうだ)と、風邪薬が準備されていた。椀に粥をよそって盆に乗せる。そして薬が人間用だと確認してから若菜が眠る部屋へと急いだ。



「若菜、大丈夫かい? 粥と薬持ってきたんだが」

食えそうか、と部屋の中にいる若菜へ声をかけるが返事はない。眠っているのだろうと思い、入るぞ、と一度断って中へと入った。

(寝てるか)

 布団の中で眠っている若菜にそっと近寄る。高熱のせいで白い肌は真っ赤になり、大量に汗もかいていた。額に乗せている手ぬぐいに手を沿えると、温くなっている。これは代えねえと気持ち悪いだろう。一旦片手に持っていた盆を床に置き、額から手ぬぐいを取る。熱くなったそれは若菜が高熱を出している事を俺に伝えているようで。

「ったく、猫の為に雨の中いるからだぞ」

 呆れながら桶に張っている水でそれを濡らし、きちんと絞ってからもう一度額に乗せてやった。こいつが風邪をひく原因を作った猫はというと、雨がやむとすぐに屋敷から出ていったようだ。恩も何も返さずに去っていくところが自由気ままな猫らしい。

(恩どころか、風邪を置いていきやがった)

 はあ、と溜息をつくと、眠っていた若菜が体を少し動かしてゆっくりと瞼を持ち上げた。焦点があっていない瞳でぼんやりと天井を見上げている若菜は、次第に焦点があってきたようできょろきょろと辺りを見回している。

「……り、はんさん?」
「目、覚めたかい? 粥と薬を持ってきたんだが……食べるか?」

 何故鯉伴さんが、と言いたげな目で俺を見る若菜に盆の上の椀を指差して訊ねる。少しして、俺が此処にいる理由を理解したようで小さく頷いた。

「少し冷めちまったかもしれないけどな」
「あ……大丈夫です。すみません」

 謝りながら上半身を起こして椀と共に匙を取ろうとする若菜の手を掴んで俺はにこり、と笑う。

「……? あの、お椀」
「お前さんは動かなくて良い。俺が食べさせてやっから」
「――は?」

 ぽかんと口を開けた若菜を無視して椀と匙を取り、ほんの少し湯気の立つ粥を一匙掬って若菜の口元へ運ぶ。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 顔を真っ赤に染めた彼女が声を張りあげた。声を張り上げちまったらまた熱があがると言うのに。何だい? とわざと首を傾げてみるが、本当は真っ赤になっているわけを知っている。

「もしかして若菜は猫舌なのかい? それなら早く言ってくれねえと分かんねえなァ」
「違います! 自分で食べれますから。だからお椀をください」
「駄目だ。若菜は病人で俺はお前さんを看病しに来た介護人。今日位は甘えな」
「…………」

 ぱくぱくと魚みたいに何度か口を動かした後、観念したのか目の前に差し出していた粥を若菜はぱくり、と食べた。その様子に満足した俺は更に笑みを深くして良い子だねえ、と言いながらもう一度粥を掬って差し出した。
 長い時間をかけ、掬って差し出し、それを若菜が食べるという行動を繰り返していると、何時の間にか椀の中は空っぽになっていた。

「ご馳走様でした」
「お粗末様。美味しかったかい?」
「はい、とても美味しかったです」

 満面の笑みを浮かべて感想を述べる若菜は嬉しそうだ。しかし、その笑みは俺にじゃなくて粥を作った奴に向けられているのだろう。何せ食べさせたのは俺でも作ったのは俺じゃない。俺だけに向けて欲しい笑みが他の奴に向けられている事がどうも癪に触る。

「……次は俺が作る」
「鯉伴さん?」
「なんでもねえよ。ほら薬も飲みな」

 食事と一緒に持ってきていた薬を白湯と一緒に渡せば、若菜はそれを口に流し入れた。

「……苦いですね」
「良薬口に苦しって言うだろう。んじゃ、横になってもう一眠りしな」

 素直に横になった若菜が冷えないよう肩まで布団を掛けてその額に濡れた手ぬぐいを乗せてやる。冷たい感触が火照った体には心地良いのか、目を細めて小さな息をついていた。

「おやすみ。また後で来っから」

 空になった椀等を乗せた盆を持って立ち上がる。そっと出て行こうとすると、鯉伴さん、と後ろからか細い声で呼び止められた。足を止めてそちらを振り返る。

「なんか足りないかい?」
「いえ。あの、有り難う御座いました。嬉しかったです、鯉伴さんが看病してくれて」
「別に良いんだ、お礼なんてよ。若菜が風邪で寝込んじまったら遊べなくてつまんねえだろ。飯だって美味くない。だから早く善くなるようと思ってやった事だ。……ゆっくり休んで早く元気になれ、若菜。俺はお前の元気な姿が大好きなんだよ」

 にっ、と笑ってみせると若菜は熱で赤かった顔を更に赤くして(熱が上がっちまったのだろうか)「早く元気になります」と小さな声で返してくれた。眠るのを邪魔したくねえからひらひらと手を振ってその場から立ち去る。感謝の言葉なんて欲しい訳じゃない。だが、あの言葉と笑みは俺だけに向けて言ってくれたものだと思うと心が弾む位嬉しかったし、ぽかぽかと温かくなったような気がした。








風邪をひいた若菜
看病する







早くお前が元気になりますように


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