いつもより早めに起きて、 普段はしないメイクを施して、 前髪をこの間買ったばかりの可愛いピンで止めて、 昨晩悩んで決めたワンピースを身に纏って、 元気に外へ飛び出す。 今日は大好きな鯉伴さんと初めての私服デート。だからなるべく可愛く見せたくて。鯉伴さんは私を見てどう思ってくれるのかしら? 待ち合わせ場所に着いて時計を確認すると9時45分。約束の時間の15分も前に着いてしまった。ソワソワしながら辺りを見回していると「若菜!」という声が近くで聞こえた。そちらを向くと待ち合わせ相手である鯉伴さんが手を上にあげてこちらへ歩いてきていた。 「鯉伴さん!」 「よう。悪ィなあ、待たせちまって」 「ううん。まだ10時じゃないし、私が早く着いちゃったから」 今日が楽しみで……と付け足すと鯉伴さんはくすり、と笑って「俺もだよ」と言ってくれた。それが嬉しくて自然と笑みが零れる。 「……今日の若菜は一段と可愛いなァ。制服姿も良いが、私服は更に良い」 惚れなおしちまうな、と笑みを浮かべながら言う鯉伴さん。そんな彼は何時もと同じ着流しを着ているけれど、普段よりも更に格好良く見えてドキドキしてしまう。 「鯉伴さんも格好良いですよ」 「本当かい? 気に入りの着物なんだ。そう言って貰えると嬉しいなあ。さて、んじゃあ行きますか」 「はい」 さり気なく差し出された鯉伴さんの手を握りたいのに恥ずかしくて躊躇っていると、痺れをきらしたのか向こうから握ってくれた。ごつごつと骨ばった男の人らしい手。ひんやりとした鯉伴さんの手が私の火照った手を冷やしていく。ドキドキと高鳴るこの鼓動が手のひらから鯉伴さんに伝わってしまったらどうしよう……なんて考えながら、鯉伴さんに続いて歩き始めた。 あちこちへ行ったり、見て回ったりしていると、いつの間にか日が暮れてしまっていた。夕陽に照らされた鯉伴さんの黒檀の髪がきらきらと輝いている。 「もう夕方か……時間が経つのは早いもんだ」 「そうですね。もっと時間がほしいなあ」 「ははっ、若菜はそんなに俺と離れたくないのかい?」 にんまりと意地悪な表情を浮かべて尋ねてくる鯉伴さん。この人はこういう表情が本当に似合うなあ、と思う。意地悪だけど最後は優しくしてくれる鯉伴さんが私は好き。だから、まだ別れたくないのだ。明日も明後日もその先もまた会えるだろうけど、今日という日は二度と来ない。その事が別れを名残惜しくさせる。 「はい、離れたくありません」 「――っ。全く、若菜には敵わねえな」 その言葉とともに引き寄せられて強く抱き締められた。鯉伴さんの胸に顔を埋める体勢になったまま動けない。 (――!!) こんなにくっついてしまうと本当に高鳴る胸の音が彼に伝わってしまう。寧ろ、抱き締められたせいで高鳴る鼓動が激しさを増して、くっついていなくても伝わりそう。 「鯉伴さん」 「俺も離れたくない。こんなに可愛いお前さんともうお別れなんて寂しすぎるじゃねえか」 優しい声と共にトクントクンと少し早く波打つ鼓動が聞こえる。ああ、なんだ。ドキドキしていたのは私だけじゃないんだ。 「だが、このままこうしてても仕方ないからな。……今日はこれで許してくれるかい」 抱き締められていた体が離れるのと同時に鯉伴さんが取り出したのは銀色に輝く小さな指輪。それをするり、と私の薬指にはめる。 「こ、これって」 「ん? "売約済み"の証ってやつかな。悪い虫がつかないように」 にこっと笑って凄いことを言ってのける鯉伴さんの声に一気に顔が赤くなった。夕陽で多分分からないだろうけど。"売約済み"って、それって。 「あの、指輪」 「外しちゃ駄目だ。若菜は俺のなんだから。嗚呼、言わなくても分かるだろうが俺もお前さんのだ」 ほら、と言って私の目の前に差し出された彼の手の薬指には――。 私の指に填められた銀の指輪と、おそろいの指輪がきらきらと光っていた。 |
ああ、なんて私は幸せ者なんだろう! |