※夜昼からの夜←昼。色々と注意。




――ねえ、夜。

 桜の花弁がはらはらと舞い散る夢現の世界。

――何だ、昼。

 そこで交わされるのは現の者が知る事の出来ない秘密の会話。

――君はずうっとボクだけを見ていてくれるよね。

 まだ幼い少年が囁くような小さな声で、青年に問いかける。

――ああ、勿論だ。

 その言葉に、少年は嬉しそうに微笑んだ……。





 “片割れだけを想い、見続ける”という約束を夜のリクオと人間のリクオが交わしたのは何時の頃の事だったか。随分昔の事だったかのようにも、最近だったかのようにも思える。お互いが“夢現の世界”と呼ぶ其処で交わされた一つの約束。とは言っても、昼の方が強引に交わしたものだ。しかし、夜は嫌な顔一つせず、律儀に守ってくれている。妖怪としての魅力やその強い力に心引かれ言い寄ってくる女妖怪達に目もくれず、ただ、ただ昼だけを見続けてくれていた。故に安心しきっていたのだ。彼が自分以外に想いを寄せるなど、この先ありはしないと。死に逝くその時まで、彼の心は自分のもので、自分の心は彼のものだと確信していた。――それなのに。

 夜の想いは何時の間にか昼にでは無く、他の者へと向けられていたのだ。

 その事に気づいたのは偶然の事である。普段ならば夜になると、妖怪の血が流れている半身に体を明け渡し、己は精神世界の奥深くで眠りにつく。そうすると、夜の間の記憶は全く無い。だから、夜の行動は一切分からないのだ。彼の行動を監視せずに、好きなようにやらせていたのは己の半身を信じていたから。しかしその日は昼が幾ら眠りにつこうとしても浅い眠りにしかならず、すぐに目が覚めてしまっていた。仕方がないや、と眠る事を諦めて夢現の世界でひっそりと起きてる事にする。この行動が後に昼を絶望の底へ落としてしまうという事も知らずに。
 ふと、夜の行動がおかしいと気付いたのは日付が変わった頃。先程から彼の視線が一人の女妖怪……側近の一人である氷麗ばかり追いかけ、必ずと言って良い程彼女の傍に寄り添っているのだ。夜は百鬼を従え、纏める為に日々妖怪達の行動や言動を見て、聞いて、その者がどういう者なのかを把握しようとしていう。夜が他の者を少しだけ気にするのはおかしい事ではない。しかし、これはどうだ。長い時間氷麗だけを見つめ、傍に居る。その瞳に宿るのは恋慕のような熱い想い。これは、これはまるで――。

(ボクに想いを寄せている時のようじゃないか!!)

 その日から昼は毎晩眠りにつく振りをして、夜の行動を監視し続けた。最初の頃は気のせいだ、と自身に言い続けてきたのだが、日が経つにつれてそれが気のせいなんかでは無いと気づく。……夜の瞳は片時も氷麗から逸らされる事は無かったのだ。

(やっぱり、キミは、もう……)




 夜が氷麗に想いを寄せているのだと気づいてから暫く経ったとある日の夕暮れ。未だ陽が完全に落ちてはいないが、昼は夢現の世界へと足を運んでいた。狂い咲きの桜の枝にはいつもと変わらぬ半身の姿。ゆっくりと桜に近付けば、こちらに気付いた夜はゆっくり片手をあげた。

「よう。未だ日没には早いぜ?」
「そうだね。……今日はキミに聞きたい事があって」
「聞きてえ事?」

 首を傾げる夜に苦笑を浮かべながらも、昼は、分かっているでしょう?と聞き返す。しかし彼からは、分からねえなあ、と如何にもわざとらしい答えが妖しい笑みと共に返ってくるだけだ。きっと夜は分かっているのだろう。昼が何を聞きたいのかを。それでも自分から答えることは無いのだ。

「……それなら単刀直入に聞くけど。ねえ、キミはボクじゃなくて氷麗を好きになってしまったの?」
「…………」

 出来る事ならば、否、と返ってきて欲しかった。しかし、夜は無言のまま昼をじっと見つめている。答えが無いという事は、是と取るべきなのか、と悩んでいると、夜が小さな笑みを零し、口を開いた。

「そうだなあ、その質問にゃあ答えられねえが……一つだけ断言できる事があるぜ」
「何?」
「オレはもう、お前なんか見ちゃいねえって事さ」

 ずどん、と胸を撃ち抜かれたのかと思う程の痛みと衝撃が昼の心を襲った。夜の口から一番聞きたくなかった言葉を、今、彼自身が紡いだのだ。
 約束をしたというのに。“片割れだけを想い続ける”と二人で決めた筈なのに。あんなにもボクを愛してくれていたのに。それなのに、夜はもうボクを想ってくれない。その瞳に映してさえもくれない。

(ボク以外の者を見るキミを見続けなくちゃいけないのなら)

絶望の闇がじわじわと昼の心を包み込み、どん底まで引き摺り落としていく。そうなると、もう逃げられはしない。昼の小さな指が己の瞳の前まで運ばれて、ぴたりと制止する。絶望の底まで落ちた昼が取る、己を救済するたった一つの行動。それは――。

「こんな瞳、もういらないや」
「昼?」

 夜の声が聞こえていないのか……。名を呼ばれたというのに返事をしないまま、両の目に添えた指に力を込め、ぐっと中へ押し入れる。ずぶり、と鈍い音がしてどろりとした赤い血が流れ始めると、あの約束を交わした時のように昼は嬉しそうに微笑んだ。





抉り、捨てる







もう、キミが見えない。



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