真っ赤な婚約指輪








 放課後。その日はなんとなく気が変わったのか、リクオはいつもと違う道を通って学校から帰る事にした。いつもの道とは違う為、見慣れた風景では無く、あまり見た事が無い風景画続いている。
 暫くその道を歩いていると、何処からか鐘のような音がリクオの耳に届いた。りーん、ごおんと何度か鳴っている音を不思議に思いながらも足を止めずに進んでいくと、途中に煉瓦造りの大きな建物が見える。それは色とりどりの花が咲く庭園の中心に在り、更に洋風の高い柵に囲まれているようだ。美しい建物にリクオが圧倒されていると、視線の先に真っ白なドレスとタキシードに身を包んで笑い合う男女の姿。――花嫁と花婿なのだろう。沢山の人々に祝福されている二人の姿は本当に幸せそうだ。

「嗚呼、祝福の鐘だったんだ」

 先程からリクオの耳に届く美しい鐘の音。結婚式の日にだけ打ち鳴らされるこの音は特別なものだ。故に音色は美しく、優しい。花嫁と花婿の左手の薬指には揃いの結婚指輪がきらきらと輝いている事だろう。

「……良いなあ」

 羨ましいと思う。世界で一番好きな者と結ばれた二人が。これから先待ち受ける困難を共に乗り越えて幸せを築いていく二人が。リクオにも彼等のようにこの世で一番愛しいと想う者がいる。羨ましいと思うのならば、その者と結婚すれば良いのだろう。しかし、そういう訳にはいかないのだ。リクオが想いを寄せている者は、彼と同じ性別。ならば、同性婚が認められている国で、と言われても挙式は出来ない。何故ならば、相手はリクオ自身なのだから。精神は分かれてはいるのだが、同じ体を共有している。そのような理由から結婚が出来ない。だからこそ、あの幸せな夫婦を羨ましい、と思うのだ。

「――どうか、末永くお幸せに」

 胸の内に羨望を抱えながらも彼等の永久(とわ)なる幸せを願う。そうして、リクオは家路を急いだのであった。






 それから数刻が経ち、眠りへと誘(いざな)われたリクオは夢現の世界に居た。事細かに言えば、もう一人の自分……“夜”と呼んでいる人物の腕の中。夢現の世界は普段と変わらず暗闇に包まれており、その中で咲き誇る狂い咲きの桜が花弁を舞い散らせ、地面をそっと覆っている。昼間のように日が燦燦と照る事は無いが、仄かに光る桜の花弁が辺りを照らして作り上げているこの独特な風景を、愛しい片割れと一緒に見る事がリクオは好きなのだ。特に、逞しい夜の腕に包まれて見る事が。
 今宵もそうしながら、ぽつりぽつりと学校での出来事や組の様子を話していく。普段通りの会話の中に、言うつもりが無かった結婚式の話を出したのは、舞い散る花弁が結婚式で見たフラワーシャワーと重なって見えたからなのか。兎に角、何時の間にやら結婚式で見たもの、感じたものを夜に話してしまっていた。

「へえ……。昼は俺と結婚式を挙げてえのか」
「別に、挙式をしたいと思ったわけじゃないよ」
「でも羨ましかったんだろう? 幸せそうな夫婦が」
「……」

 つい先程、夜に「結婚した二人が羨ましく思えたんだ」と言ってしまった以上、否定するわけにもいかず、リクオは黙り込んでしまう。確かに夜の言う通り、リクオは彼と神前で誓いを交わしたいのだ。無理だとは分かっているが、どうしても諦めがつかない。心と体はとっくの昔に繋がった。それを形にしたい、永遠のものにしたいと思う。たった一度きりの短い人の生なのだから。

「……俺と結婚するか?」
「したいと思ってる。でも、」

 二人の精神が一つの体に存在している以上、何度強く願っても駄目なのだ。夜が望もうが、昼が祈ろうが叶う事なんてありはしない。夢のそのまた夢。それでも、リクオは、何時か、なんて考えてしまうのだ。

「やろうじゃねえか。お前が望むなら」
「――え?」
「今すぐに、とは無理だけどな。俺が必ず叶えてやる」

 この男は今何と言ったか。“叶える”と断言したのだ。リクオが心の奥底から強く望む事を。夜が口にした事はこの場限りの戯れ言なのかもしれない。しかし、今まで一緒に過ごしてきた中で夜が“必ず”と言った事は実現されてきた。若しかすると、今回も……。そう考えるだけでリクオの心は幸せでいっぱいに満たされた。彼はどんな時でもリクオの幸せをその手で作り上げてくれるのだ。

「……嬉しいよ、夜。必ず叶えてね」
「おう、待ってな。――それまでは、これで我慢しとけ」

 これって何?と尋ねる前に夜の骨ばった長い指が、リクオの柔らかい左手にある薬指を掴み、そっと己の口の中へ導く。固い何かが薬指に押し当てられる感触がしたのかと思った刹那、鈍い痛みが指全体に走った。噛まれている、と気付いたのは痛みがリクオの全身を襲った後。ぎりぎりと指を締め付けられるような痛みのせいでリクオの顔はぐしゃりと歪む。
 その痛みが完全にひいたのは、夜の口の中から解放されて数分経ってからのことだった。解放された指からは赤い血がつう、と直線を描きながら滴っている。そこをじっと見てみると、一周ぐるりと指を囲む円い噛み痕が赤く残されていた。

「……何、これ」
「婚約指輪ってやつの代わり。大事にしろよ」
「――ばか」

 此処は夢現の世界。“現実”であって“現実”では無い。そんな世界で出来た傷跡なんて現の世界に戻れば跡形もなく消えてしまう。それでも、嬉しかった。今は形の無い指輪が、何時か形になるような気がして。その日が来るのは遠い未来の事かもしれない。だから、今は夜から贈られた赤い指輪と、愛する夜と共に待ち続けるのだ。――二人が、永久(とわ)なる絆を手に入れるその日を。








その時に贈られる指輪の色は――。



  Back




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -