生まれ落ちた日









 夏の暑さも終わりを告げ、秋の涼しげな風が吹き始めた九月下旬のとある日。奴良組本家の屋敷では朝から宴会が開かれていた。この日は若頭であるリクオの誕生日。故に盛大に祝わねば、と数日前に小妖怪達が側近や総大将に提案した為、人間の血が濃いリクオに合わせて妖怪の力が半減する朝早くから終わりの見えない祝宴が繰り広げられていた。始まったばかりの頃は皆それぞれにリクオに祝いの言葉やプレゼントを送っていたのだが、数刻もすれば酒も進み何時ものどんちゃん騒ぎへと移行してしまっている。果たして、この中で今開かれている宴の趣旨を覚えている者はどれ位いるのだろう。酒で潰れてしまった者や、深く酔っている者は完全に忘れてしまっているようだ。ちゃんと覚えていそうなのはあまりお酒の進んでいない側近や、上戸である総大将達だけか。しかし、リクオにとって覚えている覚えていないは割かしどうでも良い事だった。そんな事よりも、本家の妖怪やリクオを慕ってくれている組の妖怪が、彼の誕生日を覚えていて祝ってくれる事が重要なのだ。元々、妖怪は人間よりも遥かに長い時を生きる存在であるから、誕生日は特別な日、という感覚はない。自身がこの世界に誕生した日なんぞ忘れてしまった者の方が多いだろう。それでも、毎年リクオが産まれた日には祝いの宴を開いてくれている。こんなに嬉しい事は他にない。(それが、途中からどんちゃん騒ぎになってもだ)
 楽しげな声が途切れることなく響き渡る大広間で、リクオがふと外を見遣ると何時の間にか日は西方へと沈み、星が燦燦と輝いていた。ここからはもう一人のリクオの領分になる。すぐさま皿に乗っている料理を平らげて、自室へと向かおうとすると、リクオ様、と声を掛けられた。振り向けば首無がこちらに近付いてきている。

「如何なさいましたか。御気分が優れないのでしょうか」
「違うよ。夜になったしね、もう一人のボクと入れ替わってくるだけだ。今日はとっても楽しかった、有難うって皆に伝えて」
「畏まりました」

 深々と頭を下げる(とは言っても、首は浮いているので身体だけだが)首無にひらひらと手を振って、リクオは自室へと足を向けた。
 自室へと戻ると、既に敷いてあった布団に体を横たえて静かに目を瞑る。もう一人のリクオも、宴を楽しんでくれるだろうか、と少しばかりの不安を胸に抱えて、ゆっくりと夢の中へ落ちていった。



「――あれ?」

 再び目を開けると、そこは夢現の世界。いつもと変わらない景色が広がるのだが、一つリクオが首を傾げる者がそこに居た。それはもう一人のリクオだ。交代するつもりで眠りについた筈なのだが、何故か彼は未だこちら側にいる。現に出ないのかな、と考えていると、よう、と彼の方から挨拶をされた。

「どうしたの? ボクに何か用?」
「つれないねえ……。愛し君に祝いの言葉を送ってやろうと思って待ってたってえのに」
「……祝い?」
「おいおい、忘れちまったとか言うなよ。先刻まで祝ってもらってたんだろう」
「――あ」

 どうやら、先程まで一緒に居た妖怪達と同じようにすっかり忘れていたのだが、自分の誕生日だという事を思い出し、ぽん、と手を打ち鳴らす。という事は、彼も誕生日なのだ。人格は違うと言えど、同じ体を共有している存在なのだから。

「じゃあ君にもお祝いの言葉を言わなくちゃ」
「へえ、オレの誕生日ってやつも祝ってくれるのかい?」
「うん、祝ってあげるよ。プレゼントは何も用意していないから言葉だけになっちゃうけど……」

 プレゼントを用意していたとしても、此処は夢現の世界。現実とは違う為、多分それをこちら側に持って来る事は不可能だろう。だから、形の残る物は用意していても意味が無い。今のリクオには言葉以外で祝う方法が思いつかないが、喜んでくれる気がする。

「ぷれぜんと、ってやつは形あるものじゃなくても良いんだろ?」
「そうだね」
「じゃあ、お前から口付けをくれよ」
「……はあ?!」
「良いじゃねえか。オレもお前が望む物をぷれぜんとしてやる。今日は誕生日、なんだろう?」

 誕生日に託けて何か言ってくるだろう、とは予想していたがまさか口付けを要求されるとは思ってもいなかったリクオは驚きを隠せない。夜のリクオから口付けをされるだけで恥ずかしくなってしまうのだ。自分からなんて恥ずかしさで死んでしまうのではないだろうか。どうしても?と尋ねると、夜のリクオは大きく頷く。如何にかして回避したい。しかし、夜のリクオから逃げる事が出来た事は無い為、不可能に近いだろう。

「一回だけだよ?」
「おう」
「……お誕生日おめでとう、夜のボク」

 ちゅっと音を立てて夜のリクオの唇に己の唇を重ねる。口付けと言うものは自分からするとこんなに恥ずかしいものなのだろうか。顔を林檎のように真っ赤に染めたリクオは逃げるように体の向きを変え、足を動かそうとするが急に背中に暖かい何かが抱きついてきた。見なくても分かる。もう一人のリクオが抱きついてきたのだ。

「……有難うよ」
「今日は特別な日だからだよ」
「わかってらあ。んじゃあ、オレからも送ってやるよ」

 ぐるりとリクオの体は回転し、夜のリクオの方へと向けられる。ゆっくりと彼の顔がリクオの顔に触れそうな距離まで近付いてきて、そのまま深い深い口付けが交わされた。一体どれ程長い口付けだったのか……。リクオの息があがり始めた頃にやっと唇が解放され、夜のリクオがにんまりと笑いながら口を開いた。

「誕生日おめでとう、昼のオレ。お前にとって今日が善き日となりますように」







Happy Birthday!!09/23 若誕お祝いに添えて。



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