一個の布団に、ふたり







 月が浮かぶ事の無い夢現の世界。万年暗い闇に包まれているそこでの唯一の光と言えば、一年中咲き誇る桜だけである。尤も、灯りを点せば他にも光はあるのだが、桜の灯りで事足りるのでその必要は無い。
 そんな世界で、今日も一人の男が最愛の片割れが訪れるのを今か今かと待ち望んでいた。現はもう陽が傾き始めている。彼の人が訪れる時間もそう遠くはないだろう。内心そわそわしながらも、表面上はいつもと変わらず、仏頂面で桜の木の枝に腰を下ろしている。今夜は現での出入りも総会も無かった筈だ。故に、甘く濃厚な一晩を過ごそうと男は計画を練っていた。ここ最近忙しく、あまり恋人らしい事をしていないので、色々と限界なのである。心も、身体も。早く来い、早く来い、と何度も繰り返しつつ、彼がやって来るであろう方向を見続ける。いつものように笑顔を向けてくれる事を期待して……。
 それから数刻が経ち、闇の中に人影が現れた。男よりも少し小さなそれに気付いた男は、昼、と嬉しそうに名を呼んで桜から飛び降り近づく。待っていたぞ、と抱き締めるが、反応が無い。いつもならば、恥ずかしそうに顔を男の胸に埋めたり、抱き締め返してくれるのだが、一切そういう素振りを見せないのだ。不思議に思って彼から少し距離を置き、その顔を見てみると、いつもの笑顔は無く、能面のような表情をしている。……少し疲れているように見えるのは気のせいだろうか。どうかしたか、と尋ねると、昼の小さな口から大きな溜息が零れた。これは現で何か起きたに違いない、と確信した男は、昼の肩を力強く掴んだ。すると、彼は自身の手を男の手の上に重ねて強引に引き剥がす。何事かと引き剥がされた手を男が見つめていると、昼の口から漸く、夜、と男の名が紡がれた。

「ど、どうした? 何かあったのか」
「どうしたもこうしたも無いよ。朝早くから最終下校時刻まで体育祭の練習を毎日させられているんだ。疲れが取れなくて辛いんだよ」

 ふう、と昼がもう一度溜息をつく。どうやら、昼が通っている中学校でもうすぐ体育祭が開催されるらしく、毎日朝早くから夕方遅くまでクラスで練習をしているようだ。更にそれに加えて毎夜毎夜の出入り。妖怪の血が流れている昼の体でも流石に堪えたようで、疲れがたまってしまったという訳だ。成程、と夜が納得している内に、昼はすたすたと屋敷の方へ向かってしまう。慌ててそれに続くが、彼は黙ったまま履いていた草履を脱ぎ捨てて、そのまま敷いたままの布団に身を包んだ。

「ひ、昼。何してんだよ」
「煩いなあ、眠るんだから静かにしてよ」
「眠るって、何で」

 ばたばたと慌しく草履を脱ぎ、夜は昼に近づく。眠たそうに目を擦っている彼は、疲れを取るには休息が一番でしょ、と一言告げ目を瞑った。どうやら本当に眠りにつく気らしい。夜の手が昼を起こそうと彼の肩に伸びるが、既の所で思いとどまった。触れ合ったり、口付けもしたいが、ここで無理をさせては倒れてしまう程事態が悪い方へ向かってしまうかもしれない。そうなっては取り返しがつかなくなってしまう。(後々、昼から粛清されるというのも考えられる)

「……じゃあ、俺も寝る」
「――は?」
「何もしないから、傍に居る事だけ許してくれ」
「仕方ないなあ」

 目を開けた昼はくすくすと笑いながら、自分が使っている布団を半分捲り夜が入ってくるのを待つ。すぐに昼の隣には暖かな温もりがやってきた。一つの布団に二人が入るのは少々狭いものがあるが、心は穏やかになっていく。

「狭いね」
「仕方ねえだろ。……こうやってくっついとけば狭くない」
「――そうだね」

 そんな会話が暫く続いた後に、部屋からは小さな二つの寝息だけが聞こえ始めた――。






甘い夢を。若誕お祝いに添えて。



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