花柄パジャマ




※夜昼兄弟設定。鯉伴存命。




 俺には五つ年の離れた三歳になる弟がいる。妖怪である父鯉伴の血を濃く受け継いだ俺とは違い、人間である母若菜の血を濃く受け継いだこいつは兄である俺には全くと言って良い程似ていない。それなのに同じ名前を両親がつけるもんだから区別できるよう、俺を夜、こいつを昼と呼んでいる。ふわふわの柔らかい栗色の髪やきらきらと輝く大きな琥珀色の瞳を持っている弟にはぴったりの呼び名だと思う。太陽みたいに明るく元気な昼は、妖怪ぬらりひょんの血をそれ程受け継いでいないにも関わらず、悪戯が大好きだ。幼稚園とやらに行く前や、帰ってきた後に子鬼達と一緒に罠を張って側近達を引っ掛けて楽しんでいる。(これを一人でやったりする時もあるからすげえもんだ)妖怪の血が濃く流れている俺だって何度引っ掛かった事か。ボール投げをしよう、と言われて投げられたボールが首無の首だった時は本当に驚いた。後で首無に怒られていた……何故だか俺も一緒に。そんな悪戯っ子な昼だが、本家の連中や幹部の年寄り共には可愛がられている。あの堅物な牛鬼が満面の笑みで昼をあやしていたのを目撃した時には、全身に戦慄が走った程だ。あの光景を見た事は未だに誰にも話せていない。何が起こるか分かったもんじゃねえし。親父もその牛鬼に負けない位……いや、妖怪一昼を溺愛している。そりゃあもう気持ち悪い位に。妖怪である為、朝に弱い親父が朝早くから居間に居た事なんて滅多に無いのに、昼が産まれてからは昼が起きる前には部屋の前で待機してやがったりする。どうやら、一番最初に「お早う」と言ってもらいたいらしい。最近は親父と俺の昼争奪戦となっているが。そう、俺も弟の事を溺愛しているのだ。ブラコンと呼ばれようが、気持ち悪いと言われようがそんなの関係ねえ。昼が可愛すぎるのがいけねえんだ。あの丸い輝く瞳で見つめられたり、目映い笑顔を向けられたら一溜りもねえんだ。あいつは絶対嫁にも婿にも出さないと親父と決めたのは何時だったか……。しかし、俺は誰にも秘密で、昼の婿になる計画を立てている。あいつは一生俺のもんだ。
 さて、色々話はずれてしまったが、俺の可愛い可愛い弟(将来は嫁)の事は分かってくれただろうか。分かってくれたなら長々と説明した甲斐があった。……御機嫌斜めな昼の横で。

「やだっ! おはなのパジャマでねるの」

 先程から何度この言葉を聴いただろうか。普段ならばもう布団の中で良い夢を見ている昼だが、今日はぷっくりと頬を膨らませて起きている。誰が何と言い聞かせても、聞く耳持たずのようで、じたばたと手足を動かして駄々をこねていた。親父と多くの妖怪達は出入りに行っている為、おふくろと俺、そして残っている少しばかりの妖怪達でこの状況をなんとかしなければいけないのだが、どうも昼の機嫌が戻るような雰囲気ではない。寧ろ、もっと悪くなっているような。

「今はこの着物しかねえって言っているだろ」
「それはいやなの! ボク、おはなのついたパジャマじゃないといや」
「明日俺が買って来てやるから今日はこれで我慢しろ。な?」
「いーやーだー。よるのいじわる」

 このやり取りをするのは十八回目だ。どうにかこうにか引き下がってくれねえもんかと俺が持っている着物を全て掻き集めて持ってきたが、此処にあるやつじゃ駄目らしい。他の奴らの着物も全て見せたのだが、きらい、の一言で一蹴された。

「おはなの。おはなのがいいのー」

先程から執着しているかのように繰り返している“お花のパジャマ”これが事の原因なのだ。夕方、昼を幼稚園に迎えに行ったおふくろが買い物がてら、とある大型ショッピングモールに入った。そこで見た女子用のふりふりが沢山ついた可愛らしい花柄のパジャマを昼は気に入ったらしい。着てみたい、と言ったが、それは女の子が着るパジャマだから、とおふくろは諦めさせた。その時は諦めたような顔をしていたようだが、やはり諦めきれなかったのだろう。夕飯を食ったり、風呂に入ったりしている内に願望が爆発して、今に至る。男が女物なんか、と思う者も居るだろう。しかし、昼は赤ん坊の頃から可愛いもの好きのおふくろに女物の着物を何回も着せられているのだ。しかも、親父には内緒で。(昔は俺にも着せていたようだが、親父に叱られてやめたと言っていた。それでも我慢できなかったらしい。この辺り、昼はおふくろの血を継いでいるな、と思う)

「よるー、ボクおはなのパジャマがきたいよー」

 ぐずぐずと泣きべそをかき始めた昼に、俺はどうすれば良いのか分からなくなる。泣かれたら最後。俺はこいつを泣き止ませる事ができないのだ。おろおろしていると、廊下を駆けて来る足音が聞こえた。

「あったわ。花柄のパジャマ」

 勢いよく開け放たれた障子の向こうには笑みを浮かべ、ぜえぜえと苦しそうに呼吸をしているおふくろの姿。その手にはシンプルだが、桃色の花が散りばめられたパジャマが握り締められている。

「あっ、おはなの」
「おふくろ……それ何処から」
「お父さんと出会った頃に着てたパジャマなの。此処に嫁いでからは着物ばっかりだったけれど、捨てなくて良かったわ」

 にこにこと笑いながら話すおふくろの横で、何時の間にか昼は裸になり、着せて、とせがんでいる。――こうして、奴良組本家のパジャマ騒動は幕を閉じた。



 次の日の朝、だぼだぼの女物のパジャマに身を包んだ昼を見て、絶叫した親父が居たとか、居なかったとか。それはまた、別の話で。








幸せな日常。



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