二人で自殺しよう




※死ネタ。注意。




 暗くて汚い願いを心の内に秘めている。それが表に出てきた時、あいつはどうなってしまうのだろうか。そして俺は、俺は――。



 ゆさゆさと体を揺さぶられる感覚に夜は眠りの淵から意識を覚醒させ、目蓋を持ち上げた。未だはっきりと眠りから覚醒していない為、その瞳は眠そうで、ぼんやりとしている。焦点が定まらず目の前に居るであろう人物が見えない。寝ぼけた頭で焦点を定めようとしていると、再度揺さぶられ、更に上から、夜、と名を呼ぶ声が降ってきた。漸く焦点が定まった瞳に少年の姿が映る。栗色のふわふわした髪に琥珀色の瞳、今日は珍しく眼鏡をかけていない少年はこちらを見て、にこりと笑った。こうして二人が出会えるという事は、現の世界は闇に包まれた妖の時間なのだろう。人間のリクオの時間では無く、妖怪のリクオの時間。律儀な彼は、どうやら眠りこけていた夜を起こしに来てくれたようだ。

「お早う。交代の時間だよ」

 男にしてはぷっくりと膨らんだ可愛らしい唇が言葉を紡ぐ。その愛らしさに夜は思わず自身の唇を昼のそれに合わせていた。ちゅっ、と軽く口付けを交わし、お早う、と挨拶を返すと、昼の顔はみるみる内に赤くなり、もう!起きたすぐに何やってるの、と言いながら顔を背けた。その仕草があまりにも可笑しかったものだから、くつりと喉を震わせて夜が笑う。

「何笑ってるの。ほら、さっさと行きなよ」
「今日は行かねえ」
「……え、何で?」
「たまには良いだろ。俺とお前だけの時間を作ったって」

 夜が昼の腕を掴み引っ張れば、細く小さな体はいとも簡単に倒れ、己の腕の中にすっぽりと収まった。恥ずかしそうな彼は体を捩り逃げ出そうとする。しかし、離してやる気が更々無い夜は、先程よりも力を込めて彼を抱き締める。暫くそうしている内に昼は逃げ出す事を諦めたようで、仕方が無いなあ、と苦笑し、夜の腕の中で大人しくなった。
 それから暫くは静かに桜を眺めたり、他愛の無い話をしていた。久しぶりの二人だけの時間。今日を逃すと、このような時間を取るのは随分先の事になってしまうだろう。だから夜も昼も一分一秒を大切にしながら、お互いの存在を肌で、瞳で、鼻で、耳で、心で感じ取っていた。この幸せを一つも逃したりしないように。
 しかし、幸福というものはすぐに終わりを迎えてしまう。何時の間にか現には朝が訪れたようで、昼の表情に曇りが見え始めた。

「もう朝が来ちゃった」
「みたいだな。この逢瀬も終いか」
「未だ此処に居たいよ。君の傍に居たい。……ずっとこうして二人きりで居られたら良いのに」

 ぎゅっと夜の袖を握り、昼は駄々っ子のように、戻りたくない、二人で居たい、と繰り返す。離れたくないのは夜も同じである。何度、このままずっと、と考えた事か。しかし、もう朝なのだ。現実が待っている。この小さな子供を現に返さなくてはならない。

「また会えるさ。今回みてえに長くはねえけど……。入れ替わるほんの少しの時間があるだろう?」
「嫌だ。嫌だよ。夜はボクと一緒に居たくないの?このまま……このまま、時 が 止 ま っ て し ま え ば 良 い の に 」

 どくり、と夜の心臓が大きく動いた。心の内に秘めていた暗く、汚い願いが外に出ようと暴れている。それを必死に押さえ込もうとするのだが、心の奥深くで大きく育った願いには勝てる見込みなど無いのだ。昼にとっては何気なく言った言葉の一つなのだろう。しかし、夜の願いを表に引き出すには十分の力を持っていた。

「――昼は、俺とずっと一緒にいてえのか。時を止めても良いと思ってんのか」

 袖を握り締めていた昼の手に、自身の手を重ねて夜は問う。何もかもを犠牲にして、己と共に在りたいのか、と。その問いかけに初めはきょとん、としていた昼だが、少し時間が経ってから笑顔を浮かべて大きく頷いた。君となら、全てを犠牲にしても構わない、と。嗚呼、この少年は俺と共に在る事を望んでいる。それが嬉しくて、夜は体を震わせた。どろりとした暗い願いが夜の心を、身体を蝕んでいく。もうそれを止める事は誰にも出来ない。夜自身が蝕むそれを抑えなければ……。なあ、と声を掛ければ、昼はこちらを向いて、なあに、と返す。

「俺がお前の息の根を止めたら、それは自殺か他殺か。……どっちだと思う」
「何、急に……」
「一緒に死ぬ事を心中と呼ぶが……それはちげえよなあ。精神は違えど、身体は一緒なんだからよ」

 くつくつと嗤う夜に、ぞくりと皮膚が粟立つ。先程から彼は何を言っているのだ。自殺?他殺?そんな話をした覚えは昼には無い。ただ、一緒に居たいと願っただけだ。なのに、どうして。

「夜ってばどうしちゃったの?」
「……まあ心中だろうと、自殺だろうと、そんな事はどうでも良いか。死んじまったら何と言われようが関係ねえんだからな」
「よ、る?何でそんな話をしているの」
「手前がさっき言っただろ。“時を止めてでも一緒に居たい”ってな。だから、俺が昼の時間を止めてやるよ。嗚呼、安心しな。……お前が逝った後、ちゃあんと俺も死んでずっと傍に居てやっから。嬉しいだろ?これでずっと俺達は一緒だ」

 夜、と名を呼ぼうとした刹那、夜の手が昼の細い首まで伸びてきてそれを掴み、ぎりぎりと締め上げる。首を絞められるという苦しさに、その手を引き剥がそうと必死に藻掻くが、体格も力も全く違う彼に敵う筈も無くて。酸素が脳や肺に送られる事が無く、だんだんと苦しさが失せ、意識が朦朧とし始める。 ――苦しいか、苦しいよな。でも後少しで楽になるから、と夜は今にも泣き出しそうな表情で昼の首にかけている手に力を込めた。何故、そんなに泣きそうな顔をしているの?と昼は尋ねたいのだが、口からは苦しげな息の漏れる音しか出てこない。もう、永くは無いのだろう。昼の目は光を無くし、口からだらだらと泡立った涎を垂れ流している。然うして、最後にはだらりと力無く手をぶら下げて昼は事切れた。

「昼、昼。愛しい、俺だけの昼」

 虚ろな夜の瞳には果たして昼の姿を映しているのだろうか。もう動くことの無い彼の首から手を離し、開いたままの彼の目蓋をそっと下ろしてやってから、冷たくなり始めている唇にそっと口付けた。夜は弱弱しい声で、何度も何度も“ひる”と呼び続けている。

「すぐに、俺も逝くから」

 そう言って手にしたのは妖怪だけを斬ると言う妖刀『祢々切丸』。護身用にと譲り受けた刀なのだが、自身に突き立てる事になるとは。

(しかし、これでやっとお前と―― )

 煌めく刃を己に向けて、勢いよく身体に突き刺した。鈍い痛みと共に身体から真っ赤な血が溢れる。ゆっくり、ゆっくりと死に向かって逝く。先に逝った彼は寂しいと泣いているだろうか。それとも待っていたよ、と微笑んでくれるのだろうか。傍らに眠るように死んでいる昼の体に寄り添うようにして、夜はそっと目蓋を閉じた。







手に入れたのは永遠か、それとも―― 。



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