▽銀高/原作/記憶喪失
高杉が記憶喪失になったと風の噂で聞いた。風なんかじゃなくて実際はヅラから聞いた話なのだが。
高杉が、記憶喪失に、なった。何の冗談なのだろう、と思う。あの自分勝手で、頭か心ん中に黒い獣を飼っているなんて可笑しな事を言っていた厨二病の高杉が記憶喪失なんて、笑わせてくれる。俺じゃあないんだからそんなヘマしなさそうなのに。
兎に角、記憶を失ったあいつは今何処に居るんだろう。鬼兵隊に守られながら何も分からず、おどおどと生きているんだろうか。それとも、記憶が無い事に対して不安になって、鬼兵隊の船から逃げ出したのだろうか。あいつの事だ。後者の可能性だって充分にある。
「全てを忘れた……高杉かあ」
不安で不安で堪らないだろう。記憶が無いのだ。自分の名前も、出生も、過去も、仲間も分からない。からっぽの脳。俺だって記憶喪失になった時は不安だった。だから、あいつも。
ふらふらとこの江戸の街を歩いているのだろうか。自分自身の記憶を探して、ふらふら、ふらふら。嗚呼、俺が不安になってきた。記憶が無いからと言っても、一応は過激派攘夷志士高杉晋助なのだ。土方君に見つかったりでもしたら即逮捕。そしてそのまま、処刑台。記憶が無いから何故自身が処刑台に送られるかなんて分からないまま死んでいくのだろう。そんな事、絶対嫌だ。
あいつを殺すのも生かすのも俺だけなんだ。記憶があろうが無かろうが関係無い。
「仕方ねェ」
座っていた椅子を乱暴にひいて立ち上がる。あいつは何処に居るのだろう。探して、見つけて、捕まえて、此処に匿ってあげなくちゃ。きっと俺の事もすっかり忘れているのだろうが。それでも俺はお前を探すよ。不安で不安で仕方ないね。大丈夫、直ぐに見つけて抱き締めてあげる。「怖くないよ」って優しく声をかけてあげる。高杉の中に俺は居ないだろうから、ゆっくり時間をかけて俺という存在を教えてあげる。
けれども。
もしも、もしもだよ、きみが、ぼくを、
覚えていたなら。
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