▽銀高/江戸
春とは思えない位寒い夜だった。外は強風が吹き荒れていてがたがたと揺れる窓。風が俺の家を壊してしまうんじゃないか、このまま俺は朝を迎える事ができないんじゃないか、と考えてしまう程窓や扉が煩い音を立てて揺れていた。強風のせいなのかは分からないが、江戸の街のあちこちで停電が起きていて窓の外は何時もより暗い。此処も論外無く電気の供給が止まり、暗闇に包まれている。何かが出そうな夜だ。例えば、幽霊。例えば、この世の中を怖そうと企んでいる悪党。幽霊は出てきて欲しくないが、悪党ならば出てきて欲しいと思う。不機嫌だって何だって良い。ただ、あの一つしかない翡翠の瞳で俺を真っ直ぐに見つめてくれれば良いのだ。色々と変わってしまった愛しい恋人の、唯一変わらなかった綺麗で力強い瞳の輝きを見せてくれれば、俺の今の気持ちを全て吹き飛ばしてくれる、そう思う。
こんな日の夜は心細くなってしまう。大の男が心細くなってどうするのだ、と言われてしまうかもしれないが俺だって人間だ。心細くなったり不安になったりする事だってある。仕方がないじゃあないか。
だから、ねえ高杉。今すぐ此処に来て。抱き締めて、口付けを頂戴。そうしたら俺がお前を押し倒して、優しく愛撫して、挿れてやっから。そうやってお互いの熱を分けあって、暗い気持ちを吹き飛ばそうよ。
がたがた、がたがたと揺れる窓。春とは考えられない程寒い部屋。灯りも無い真っ暗な夜。やがて聞こえ始める、下駄の音。からん、ころん。
春の嵐。
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