▽銀高/3Z
「桜は綺麗だが、寂しいもんがあるなァ」
放課後。夕暮れの光が射す散らかった準備室の窓際で未だ幼さの残る顔をした高杉がぽつりと漏らした。何故寂しく聞こえるのか、と尋ねようとしたのだが、高杉の、それを口にした表情があまりにも儚くて何も尋ねれなかった。尋ねてしまえば、何かに気付いてしまうような気がしたから。
一年前の、春の記憶。
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降り積もった雪が暖かな日差しを受けてゆっくりと溶け始め、隠されていた地面から新緑の若葉が顔を出し始めた頃。俺は何時も通り国語準備室でぼんやりと外を眺めていた。
窓の外や、廊下にはばたばたと忙しく駆け回っている生徒達。それぞれが己に課せられた仕事を終わらせようと必死になっている。夜が迫って来ている。故に早く帰りたいからか。いや、違うだろう。明日、だからだ。生徒達が一生懸命準備しているのは明日の為で、今日中に終わらせなければ大事になってしまう。
学生や学校にとって一年に一度の大きな行事。明日は、この学校の卒業式だ。
俺が受け持つクラスの生徒達も明日巣立って行く。一年間見守ってきた可愛い可愛い生徒達だ。寂しくもあるが、それ以上に喜ばしかった。餓鬼だ、餓鬼だと思っていたあいつらが、大人びた顔をして此処を出て行くのだから。
だが、巣立って行く中にあいつも含まれている。俺の可愛い教え子で、愛しい恋人。学校一の問題児だった高杉。入学してきた頃は未だ未だ餓鬼っぽさの残る顔をしていたが、今では大人びた……青年の顔をしている。まるで、別人のような。
別れる訳では無い。此れからも俺達の関係は続いていく(筈だ)ただ、何となく寂しいのだ。明後日から教室に、廊下に、此の準備室に、学校に居ないという事が。
高杉は卒業する事をどう思っているのだろうか。……何も思っていないような気もする。少しでも、寂しい、と思ってくれるのだろうか。学校で友達や俺に会えない事を。
『桜は綺麗だが、寂しいもんがあるなァ』
鼓膜の奥であの日高杉が漏らした言葉が聞こえた気がした。今なら解る。彼が言っていた意味が。寂しい、寂しいと訴えているのが。
嗚呼、もうじき桜が咲く。
君はもうすぐ去って行く。
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