Episode.0




 耳を劈くような人の悲鳴が鼓膜を揺らす。真っ赤に染まった江戸から逃げようと走り回る人、人、人。辺りは火の海で、あちらこちらから黒煙が立ち昇る。俺はそんな江戸の中心とも呼べるこの大きなターミナルの頂上に立っていた。幼馴染で、戦友で、恋仲で、今は袂を別った高杉と共に。
 切り裂かれた左眼の傷が痛む。血を流しながらじくじくと痛む其処はもう何も映さない。果たしてこの眼の視力は回復するのだろうか。火に囲まれ逃げ場を失っていると云うのに、暢気に今後の事を考え始める俺の脳内を思わず嘲笑った。ああ、でも、治らなくて良いのかもしれない。これでやっと、俺はお前に近付ける。長かったね。待たせてごめん。お前はたった一人で、たった一つしか無い瞳で、世界と戦っていたんだよな。今ならお前の気持ちも良く分るような気がするんだ。辛かったね。寂しかったね。苦しかったね。でも、もう大丈夫。なあ、高杉。

「銀時、終わらせてやるよ。お前が見ている長い悪夢を」

 ゆらりと目の前に立ちはだかる高杉が動いた。左眼も左腕も無いというのに。ねえ、左腕、何処に行っちゃったの。置いてきてしまったの。そう言えば昔からお前はそそっかしかったもんな。
からんと音を立てて高杉の刀の鞘が地面に落ちた。鈍く輝く刀身にほんの一瞬だけ高杉が映る。血塗れだけど、昔と変わらず綺麗な姿。そしてそのまま刀を俺に突きつけるようにして此方へと向けた。

「高杉」

 お前は俺の悪夢を終わりにしてやると言ったね。それが凄く嬉しかった。だけど、悪夢を見て傷つき、苦しんでいるのは高杉の方だろう。強がらなくて良いよ。俺はちゃんと理解っているんだから。
 終わらせてあげよう。お前の見ている悪夢を、世界を、俺が。もう怯えなくて良いように。
 刀を構えて高杉を見据えた。こうして刀を交えるのもこれで最期。ぐっと足先に力を込めて地面を蹴り上げ、走り出す。高杉の元へ、駆ける、駆ける。

『うおおおおおおおっ!』

 高杉、高杉、高杉。愛しているよ。次の世は平和だと良いね。昔みたいに、馬鹿な事をして笑い合えると良いね。必ず見つけ出すから。例え、今の俺達の事を忘れてしまっていても、必ず。だから、待ってて



 フェードアウト。






巡り、めぐって恋心



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