「これで体育を終わります」
チャイムと共に響く声を合図に私は一気に駆け出した。
おっ、今日は元気なんだな!と小西が笑顔で振り返り言ったその瞬間、コウは小西にドロップキックを決め、そしてそのまま華麗に地面へと着地する。
小西の顔に大きなスタンプを残し逃走するコウ。
意識が朦朧とする小西の周りには男子が群がり、しっかりしろ!小西!ダメージは少ない!と彼をずっと揺さ振っていた。
・
・
・
入るの緊張するな・・・、
私、白鳥コウは問題の理科室の前にいる。
前回、
体調の悪かった私は保健室で休もうとしたのだが、いきなりベッドに引き込まれ、軽そうな男と衝撃的な出会いを果たした。
しかも、彼は例の理科室の主だったらしく、理科室で待ってる、と彼は一言残して保健室を去っていった。
気分がすっきりしたと思ったのに・・・
くそっ・・・モヤモヤする・・・・!!!!
こういうときは、理科室に入るべきなのか・・・
「なーに、さっきからウロウロしてんの」
いつのまにか背後にいた了は笑いながら、コウの手を引き、コウに抱き着いた。
「ッだ・き・つ・く・な!」
いくらコウが女子の中で大きいとはいえ、了との身長差は15pはあるため、スッポリと収められてしまう。
「やだ。抱き心地すごくいいし」
「ぐぬぬ…」
それに加えて、コウは平均男子以上の力があるのだが、了は貧弱そうに見えて結構な力があったらしく、コウは抗えなかった。
そして急な浮遊感がコウを襲う。
「やっぱ、軽いね」
「〜ッ!!?」
了に、所謂お姫様抱っことやらをさせられる。
あまりのことにコウは言葉を失った。
「――――――――理科室にようこそ」
彼はにんまりと猫のように笑う。
・
・
・
「・・・そんなにむくれてないでよ」
はい、と了は、フーッと威嚇しているコウに紅茶の入ってるグラスを手渡す。
コウはつんっとしたまま、了の手からグラスを奪うようにぶんどった。
そして、一気に紅茶を飲み干そうとする。
・・・不味かったら、グラスを投げつけてやろうと思ってたのに。
悔しいが・・・すごく美味い。
なんだかもったいない感じがして、一気飲みは止めることにした。
「その紅茶、美味しいでしょ?僕も気に入ってるんだ」
この場所もね、と了は満足げに笑った。
了は、理科室のカーテンを引き、窓を開ける。
開けた窓から風が入ってきて、とても心地良い。
「此処さ、僕が入学したときに丁度使われなくなった教室なんだよね。
一年前までは親友とよく遊んだなあ・・・・」
一年前までは?
「今は遊んでないのか?」
「うん。今は喧嘩してそれっきり会ってないんだ」
喧嘩って・・・どんな喧嘩をしたら、そうなるんだ・・・?
私はよく喧嘩をするが、うじうじするのは嫌な性分のため、喧嘩したことはサッパリ忘れてしまう性質だから、よくわからない。
「・・・寂しくはないのか?」
ポツリ。
思わず出てしまった言葉。
コウの言葉に了はかすかに微笑んで見せた。
「少しは寂しいよ。友達も少なかったし。けど、一人のほうが気楽でいい、
――――背負えるものが自分一人になるんだから」
了は笑う。
時折、寂しさを混ぜながら。
でも、それって――――
紡ぎかけた言葉は、唇に彼の人差し指が当てられたことで、遮られた。
「知ってる」
その時、
まるで泣きそうに彼はまた笑うものだから、私は何も言えなくなってしまった。
・・・暗い話になっちゃったね、明るい話にしよう。
そうだ、紅茶はもっと飲む?まだいっぱいあるんだ。
彼は自分を知られるのを避けるかのように、話題を作り出す。
私は重い雰囲気になるのが嫌で、ああ、と頷いた。
「じゃあ、グラス貸して」
黙ってグラスを差し出す私。
彼がそれを受け取ろうとした瞬間、
グラスは落ちて、ガシャンと音を立ててバラバラに床に散った。
「うわ………ごめん」
床に散らばったガラスの破片を拾おうと私はしゃがむ。
「いや、君のせいじゃないよ。・・・あー…しまった、気に入ってたのに。結露で滑っちゃったな」
残念そうに溜息をつく了も、ガラスの破片を拾うためにしゃがんだ。
ガラスの破片を拾おうとするコウの手を了は手で制した。
「怪我するし僕が拾うよ」
「いや、私も拾うって」
「駄目。女の子に怪我なんてさせられないから」
ね?と微笑む彼に、コウはボッと顔に火がついたように赤くなった。
・・・まただ・・・この男に調子を狂わされているのは・・・ッ
悶々と考えているコウに対し、了は黙々とガラスの破片を拾っているために、それに気付いてないようだった。
「・・・あ」
と、了の口から漏れた。
指からは、赤い線ができている。それをわるように赤い雫が零れだす。
ガラスの破片で指を切ってしまったようだ。
やっぱりガラスの破片は危険だね、と言い、彼はパクリと口に自分の指をくわえた。
それを見てコウはハッと目を覚ます。
「!!!保健室にいくぞ!」
「えーいいよ。めんどくさいし」
ダレ気味な了に、コウはキッと睨んだ。
「駄目だ!消毒しにいくぞ!」
「だからホントにいいって・・・」
ゲッソリと行きたくなさそうな顔をする了。
「問答無用!」
「って、ちょ・・・!!!?」
コウは女とは思えない力で了を引っ張る。
了はポカンとしたまま、コウに連れて行かれる。
ズカズカと威圧感を撒き散らしながらコウは廊下を歩くものだから、周りの生徒は学年関係なく、ヒィッ!と小さく悲鳴をあげ、彼女に道を開けていく。
なんだか、無茶苦茶だ。
だけど―――――
「これだから、飽きそうにない」
了は、笑った。
前を向いてそれには気付かないコウ。
今、確かに彼は本心から笑っている。
彼はそれを微笑みに変え、コウと自分を結んでいる手の力を強めた。
ストレート・ストリート
(保健室に辿りつくまで、あと30メートル)