今にも消えてしまいそうな、はかなさと危うさを孕んだ、あの背中が忘れられない。



あれからコウは、自分らしくもない、一つの場所に執着し続けた。


1階の一番隅っこにある、今や誰も使わない。

―――旧理科室。そこに気付いたのは、一週間前からだ。


といっても、教室の中に直接入っている訳でもない。

運動中、グラウンドからこっそり覗いているだけだ。


中にいるあの人が気になっているだけなのだが…

こういうことに関しては、臆病者の私。



一週間勇気を出してみても、無理だった。

あの人の横顔がエンドレスに脳内を駆け巡る。

なんか…こう…もやもやする。


セツナは、いつもと様子のおかしい私を

不安そうに見ていたが、


篠原空夜は、確信づいたように

いってらっしゃいと無表情に言うだけだった。


相変わらず、いけすかない男である。





・・・今日こそは腹をくくる。

体育終了のホイッスル音が響いた。



「では、これで二限目を終わります」


それを合図に私は、急いで着替え、

走っても先生にバレないルートで理科室へと向かった。



あと、少し。

早く、早く…!


コウは息切れして、理科室前にたつ。

そして、ゆっくりとドアノブに手をかけた。




絶対、開かないと思っていたが、



「…嘘」


何故か、今日は開いていた。


コウは、彼に会えるか期待を膨らませたが、それは叶うことはなく、

一足先に彼は、理科室から出ていってしまったようだ。




不思議と落ち着く空間

紅茶の匂い

カーテンの隙間から漏れ出す光





それらが理科室を満たしていて。

理科室は、まるで彼の部屋のような感じがした。


…嫌いじゃないな、この部屋。むしろ心地いい。


コウは、いつも彼を覗かせる窓へと歩み寄った。




雲一つない果てなく続く青と地平線。



普段彼は、この景色を眺めているのか、と思うと不意に笑みが零れる。


窓から離れようと、枠に手をかけた瞬間、

バサリと音を立てて何かが落ちた。


「?何これ…」


落ちてきたのは、真新しいノート。

ノート裏の隅っこに、1年7組 雨宮 了と綺麗な字で書かれていた。


好奇心で、コウはノートを覗きこんだ。

最初の5ページは、何も書かれてはいなかった。…ダミーかな。


ゆっくりと、6ページを手に掛けた。


コウは、ノートに書かれたたった一文に目を丸くする。


「……流石ね」


それと同時に、何か別の感情が沸き上がるのを感じた。


今日のところは、彼に会えそうにない。

明日、また理科室へ来よう。


そう決意して、コウは理科室を後にした。










今、思えば、彼は故意に理科室の鍵を開けたのではないのだろうか。


一週間、理科室の前でうろちょろしていたが、

鍵の開いている形跡は一つもなかった。


彼が私を招き入れてくれたのか。



認めてくれたようで嬉しいが、そんなことは実際分からない。


今日は、理科室に入れただけで満足だ。



謎に包まれた彼が、過ごす心地のいい理科室。

誰にも邪魔はさせない。




人が多く通う廊下で、軽く音を立てて私は歩く。

それは、多くの騒音で掻き消されてしまった。


ふと私は、さっきの一文を思い出し、笑みを零す。




「ようこそ。理科室へ」




抱えていたノートから僅かに漂わせる薄い消毒液の匂いが、コウの鼻を掠める。


人が通う廊下の騒音に紛れて、



クスリと誰かの笑う声が聞こえたような気がした。




Welcome to my room!
(歓迎するよ、心の底から)
















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