ぐだぐだ | ナノ



※中学受験です。帝国に受験がある設定になっています。



落ち着け、自分。

腕時計に目をやると、開始時刻まであと41秒、40、39…。かちりかちりと進む秒針よりもはるかに早く打つ心臓。胸に手をあて、深呼吸。

自分を信じろ!

熱血漢な友達の言葉が、聞こえた気がした。私が受験の不安を零す度に、彼は私を励ましてくれた。
一生懸命頑張ってるじゃないか。オレはお前の努力してる姿をずっと見てたんだからな。人生に無駄な努力なんて一つもない!
彼からもらった数え切れないほどの言葉。

合格することが、あいつへの恩返し。

「では、はじめ」


もうだめだ。
開始3分にして、最悪の事態に見舞われた。もう間違えられない、そのプレッシャーがどんどん失敗を引き起こす。ああ、また間違えた…。

間違えたら消して書き直せばいい、それだけの話なのだが、そのための道具は前の方の席の少年の足元だ。監督の先生に取ってもらうために、先ほど挙手してみたのだが、気づいてもらえそうになかったので、断念。必ず机の上に置いておくように、と担任に釘をさされた予備の消しゴムは、廊下に置いてあるかばんの中のペンケースの中だ。

消しゴムよ、私の机の上に戻っておいで、と見つめたところで、何かが起こるはずもなく。仕方なく手元の問題に目線を戻そうとした、その瞬間。

少年の足が、動いた。ああもうこれはだめだ。蹴られてしまったらきっと、どこにいったのかわからなくなってしまうだろう。

カツン、彼のかかとに当たった消しゴムは、綺麗に弧を描き、私の机の上に。…ん、私の机の上に?
普段の私だったら大声で叫んでいたところだろうが、今は試験中。必死にこらえて少年に目を向けた。

今更だが、その少年は高い位置で結わえたドレッドヘアにゴーグル、という少々目を惹く容姿だった。ドレッドヘアといえば真っ先に“不良”なんてことばが浮かんでしまう私だが、今日ばかりは“神様”だと思えた。

ありがとうございました。

心の中で呟いたら、彼の口角が少しだけ上がったような気がした。


2教科のテストを終え、後は帰るだけ。まだ明日の面接が残っているので、試験が終わったとは言えないのだが。

「あ、」

ドレッドヘアの少年が、教室を出るのを、視界に捕らえた。ちゃんとお礼、言わなくちゃ。

「あの!消しゴム、ありがとうございました!」

私の言葉に少年は、くるりと向きを変えて、ゴーグル越しに私の瞳を見つめた。

「大したことじゃない。こんなところでしくじられては困ると思っただけだ」

彼はそんなようなことを、言った。
若干、最後の文が意味深だったが、彼が私の恩人であることに変わりはない。私はもう一度、深く頭を下げてお礼を言った。

「2ヶ月後に、会おう」


ちょうど2ヶ月後が、帝国学園の入学式の日だなんて、この時の私は知る由もない。




001 入学試験
-->小茉莉さま




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