▼恋に落ちる


恋に落ちる瞬間はあっけなかったけど、
恋が終わる瞬間も、実にあっけなかった。

「……は?」

あらまぁ。びっくりした顔も男前だねぇ。

「は?って何よー。聞いた感想それだけ?」

「だ、ってお前!別れたって…!」

放課後、いつもは通り過ぎるだけの公園で、ジュースを奢れとせがんで2人でベンチに座った。バイトをしている孝博(たかひろ)のふところは、ふらふらしてる俺よりよっぽど温かいはずだ。
寒い……。冬なのにオレンジにした俺の馬鹿。
太ももに冷たい指先をなすり付ける隣で、孝博は1人憤慨していた。
ふられたのは俺だよ。他人の事なのにそんなに怒ってくれんだ?いいやつだねぇ。顔が良いのに気取ってなくて、高2のくせにしっかりしててさ。

「別れたよー。っつーかふられまちた」

てへへ。

「てへへじゃねえだろ!だってあんな―……、惚気てたくせに」

てへへって声に出してなかったんだけど今!
ふったんじゃなくて、ふられたんだから。そりゃ俺からは惚気るでしょ。昨日も帰りに孝博に惚気て、苦い顔をされたから、嫌がられてるなとは思ってた。それでも、相槌を打ってくれるからついつい色んな事を…。過去の自分を消してしまいたい。さかのぼって鈍器で殴りたい。

「なんかさ…。「また浮気しただろ!」って言われた」

またって何だよいつ俺がお前以外の男に色目使ったよ。妄想も大概にしろ。…てへ。いかんいかん。

「浮気…?それはお前ってチャラチャラしてるけど、歩き方もふらふらしてるけど…。浮気とかする度胸すら無いだろ」

「ちょっ、なにげに失礼だから!」

だって浮気して何になるの。する余裕なんて無いくらい心がいっぱいだったのに。いっぱいって言うか…いっぱいいっぱい?

「……未練は、無いのか?」

「いいよー俺は。今からクリスマスに備えてナンパでもしに行こっかなー」

初心だって気付かれないように取り繕って、装って。疲れた。疲れたけど、誰かに必要とされる心地を知ってしまった。1人だった時にはどうってことなかったのに。心の底から寒い。そのせいか、孝博が隣にいると温かいと思う。

「そんなに簡単に諦められるのか?」

「…うん」

「………あっそ」

諦められるわけ無い。あいつと会って初めて男を好きになる自分を知って、戸惑って、でも嬉しくて、わくわくして。本気だったから。突然ふられたから。気持ちの整理がついてない。実感が無い。明日また学校に行って、あいつの隣に誰かが並んでいたら、怒鳴ってしまうかもしれない。それとも泣くのかな。むなしくて笑えるかも。

「忘れるには新しい恋っていうしさ」

「ナンパで釣れる男なんて、ろくなやつじゃない」

「だよな。んー、次は女の子でもいいかも?」

女の子はふつうに可愛いと思うし、恋愛できると思う。ふつうに告られたりもするし。ただ、勃つかどうかは疑問だ。こればっかりは俺の相棒(下半身)に聞いてみないことには。
重大な問題を吟味する俺の頭上で、焦れたような孝博の声がした。

「そういうことじゃなくて――!」

「え…?」

じゃあどういうこと?と顔を上げると、同時に目の前が真っ暗になって身体が締め付けられた。孝博の家の柔軟剤か何かの匂いでいっぱいになる。
ナニコレ!え!混乱しすぎて逆に固まる!

「……ここにいるだろ。イイ男が」

だからどういうこと!

「昔っから優しくしてきたつもりだ。わがままも聞いてやった。強くなる為にバイトも始めた」

なんだ…こんなに大きかったのか。5cmしか身長変わらないのにこのガタイの差ってなに。
孝博の心音が耳の中に響いてうるさい。鼓動が速い。その鼓動が移って…俺までどきどきする。

「た、かひろ…?」

「お前な……見てて危なっかしいんだよ。無理して虚勢張って、自分の首絞めまくって、それでも平気な風に取り繕って…。一途で健気でさ…」

強い眼差し、低い声。
今まで見たことが無い、“男”を匂わせる孝博にどきりとした。

「最近恋愛してるお前を傍で見て、自分の長年の気持ちに気付いたと言うか…。今まで知らなかったお前に何度もときめく自分に「ん?」って思う瞬間が多々あって」

「…好きに、なっちゃった?」

「…なっちゃった」

俺につられて照れながら言う孝博に、胸が小さくきゅんとなった。
男を対象としてから日が浅いから、こいつの可愛いところとか、かっこいいところとか、見ようとしなかったところがたくさんあると思う。

「そっかー。俺はぜんっぜんそんな気無いけどねー。ざーんねーん」

今度は坂の上から転がり落ちる様な一直線の危ない恋じゃなく、

「……っ、るさい。これからじっくり落とすんだよ」

のんびりなだらかな道を隣に並んで歩きたい。

「ひ、ひひゃいっ!」

「ふ…、ははっ。…かわいー顔」

「っ………!」

とりあえずじっくり回り道をしながら、この急に甘くなった男を攻略していこうと思う。





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