課題という名の口実
「こ…こんにちは、草薙さん。」
「お、なまえか。久しぶりだな。」
夕方、遊作が帰路に就いたのと入れ替わりになまえが店へとやってきた
なまえは年の離れた幼馴染みのような関係で、少し引っ込み思案な部分はあるものの優しくて気の利くいい子だ
高校は所謂進学校に通っていた為、会うのは本当に久しぶりだった
「珍しいな、俺の店に来るなんて。」
「そ、その…草薙さんにお願いしたい事があって…。」
「お願い?」
そう言って彼女は鞄から大きなスケッチブックを取り出し、意を決したように顔を上げる
「…え、絵のモデルになって下さい!」
「……は?」
よくよく話を聞くと美術の時間にスケッチの課題を出されたらしく、その題材というのが『自分の尊敬する人』だったらしい
「しっかしなまえ、尊敬する人が俺でいいのか?親御さんだっているだろ。」
ベンチへ座り、熱心に俺とスケッチブックへ視線を向ける彼女に問い掛ける
「えっと…勿論、両親は尊敬してます。でも草薙さんも同じ位尊敬してて、それに…」
余程夢中になっていたんだろう、真剣な眼差しでスケッチブックと睨めっこしていたなまえがぽつりと呟いた
「…草薙さんにモデルをしてもらえればまた、会いに来る口実が出来るから。」
「なまえ、今…」
「え?……あっ!」
多分、無意識に口走ったんだろうな
リンゴみたいに真っ赤な顔をしながらなまえはあわあわしていた
「ご、ごごごめんなさい!」
「いや、謝る必要なんてな……おいなまえ、おーい!」
勢いよく頭を下げて謝ると一目散に逃げ出してしまったなまえ
「…ま、明日も来るだろ。何せ口実があるからな。」
彼女が忘れていったスケッチブックを手に取り、俺は先程までなまえが座っていたベンチを見て口元を緩ませた
課題という名の口実
―――――
芸術の秋なので。