頭が付いていきません
「今日は来てくれてありがとう、みょうじさん。てっきり断られるかと思っていたので。」
「め、滅相もないです!むしろ私なんかをお誘い頂き、恐悦至極と言いますか…」
「はは、みょうじさんは面白い人だ。」
現在の時刻は午後8時を回った所だろうか
普段なら夕食を食べ終え洗濯機を回してるような時間なのに、今私は如何にも高級店といった感じのお店にいる
そして眼前に座っているのはあの大企業、SOLテクノロジー社の役職に就いている財前晃さんという人だ
中小企業の何処にでもいる平社員の私が何故そんな人と食事に来ているかというと、理由は案外簡単なもので
一週間前の雨の日、彼の乗る車が水溜まりの水を歩いていた私に跳ねさせてしまった事に遡る
直ぐに車から降りてきた財前さんにクリーニング代を支払うと言われたものの大して汚れていなかった為遠慮すると伝えた所、ならばせめて食事でもと言われ頷いてしまったのが冒頭の理由なのだ
「…ああ、場違い感が恥ずかしい。」
周りは如何にも何度も訪れているようなお客さんばかりで、本当に恥ずかしい
…フォークとナイフなんてファミレスでハンバーグを食べる時に使って以来だよ
「この店はあまりみょうじさんの気に召さなかったかな?」
「い、いいいえ!そんな事は!」
慌てて否定の言葉を口にする私を見て何処か楽しそうに表情を緩ませる財前さん
「あ、あの……私なんかが質問するのもおこがましいとは思うのですが…どうして私を食事に誘おうと?」
「一週間前に言った通りさ。クリーニング代の代わりにせめて食事でも、と。…まあ、それは建前で。」
食事の手を止め、真っ直ぐに私を見つめる財前さん
「車から降りた瞬間、君に一目惚れしてしまってね。何か切っ掛けを作りたいと思った故さ。」
「はあ………え、え?」
待って下さい、凡人の頭は完全に付いていけません
「また、誘われてくれるかい?」
そう言葉を紡ぐ財前さんに対し、私は訳もわからず頷く事しか出来なかった
頭が付いていきません
―――――
財前さん=高級店の図。