大人な彼女、子供な俺
「ねえ遊作くん、まだ怒ってるの?」
「怒ってない。」
「…その物言いは確実に現在進行形で怒ってるね。」
学校の先輩であり、恋人でもあるなまえさんは俺の顔を見て小さく苦笑いを浮かべる
だが、俺だって理由もなく腹を立てている訳じゃない
それ相応の理由があるんだ
「道を教えてあげた外国の人から手の甲にキスされただけじゃん。感謝とかそういうものでしょ、きっと。」
「理由なんかどうでもいい。」
変に羞恥心に駆られても困るが、気にしないというのもまた違った意味で困る
なまえさんが他のヤツに触れられるだけでも苛立つのに、手の甲とはいえキスされた事実は腸が煮え繰り返るに等しいものだった
「もー…ほら、遊作くん。」
「何……」
俺の名を呼ぶなまえさん
不機嫌な顔のまま彼女の方を振り返った瞬間、唇に何かがそっと触れる
彼女が俺にキスをしたという事実を直ぐには認識出来ず、瞬きを繰り返す
「機嫌、直った?」
「……ん。」
「良かった!じゃあ早くお昼食べに行こっ。あそこのカフェのランチ、すっごくおいしいんだから!」
俺が頷く様子を見たなまえさんは直ぐに嬉しそうな表情を浮かべ、近場のカフェへ向かおうと腕を引っ張る
見知らぬ人間に対し嫉妬に駆られていたんだと認識する反面、人間的にも精神的にも大人な彼女にはまだまだ敵いそうにない
先を歩くなまえさんの横顔を見つつ、俺は人知れず小さく眉を下げた
大人な彼女、子供な俺
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学生時代のバイト中似たような事がありました、小心者には驚き以外の何物でもなかったのですが。