34
「もうすぐ始まるみたい…了見、楽しみだね。」
「…そうだな。」
「…楽しみじゃ、ない?」
「いいや、そんな事はないさ。」
隣席から不安気な表情を覗かせるなまえの頭をくしゃりと撫でてやればなまえは先程までの表情を払拭させて真っ直ぐに前を見つめる
…本当に彼女は楽しむ事が出来るのだろうか?
開演を告げるブザーが鳴り響く劇場内で私は一人、気が気でなかった
事の発端はなまえがドクター・滝と買い出しへ出掛けた際に福引きで当てたという観劇のペアチケットで
今まで見た事も聞いた事も無いであろう観劇とやらになまえは興味を惹かれたらしく、行ってみたいと私にせがんできた
無論彼女たっての願いならば快く応じてやるつもりだったのだが、問題はその観劇の内容にあった
「…天涯孤独の少女があらゆる困難を乗り越えた先で幸せを手にする話、か……。」
あまりにもなまえの境遇に似通い過ぎている
もし彼女がこれを観て、自身の過去を思い出し苦しんだとしたら……そう考えると一概に連れて行く、とは言えなかった
しかしなまえ自らが行きたいと願っている事を私が駄目だと言える筈もなく、結局こうして連れて来てしまった事を今この場で若干後悔しているのだ
「……けん、了見。」
「…なまえ?」
「終わったよ。みんなもう、帰り始めてる。」
帰ろうと言いながら私の服を引っ張るなまえ
…どうやら私は観劇が終わるまでの2時間弱ほぼずっと思考に耽っていたようで、詳しい内容はほとんどわからぬまま帰路に就く事を余儀なくされてしまった
「楽しかったか?」
「うん。連れて来てくれてありがとう、了見。」
「礼には及ばん。」
観劇からの帰り道、途中で購入したソフトクリームを食べながらなまえは少しだけ寒そうに肩を竦める
秋も終わりが見え、季節はもうすぐ冬へと移ろい始めている
そろそろ冬服を買い与えなくては等と考えていた最中、隣を歩いていたなまえが歩みをぴたりと止めた
「どうした、なまえ。」
「……了見。私も、あの子みたいになれるかな…」
「あの子…」
「さっき観た、劇の子。あの子…ずっと、ずっと頑張ってて、最後は凄く嬉しそうにしてた。」
「………。」
「私も、変わりたい。ちゃんとデュエルと向き合って…あの子みたいに、なりたい。」
そう告げたなまえの瞳はまるで先程の観劇に出ていた少女のように、強い意志を宿していたのだった
過去と向き合う覚悟
―――――
観劇見に行ってみたいです。