名前のない関係
「ううー…」
「落ち着いたか、みょうじ。」
「ダメだよー、まだ泣きそうだよー。」
自宅を訪ねてきたクラスメイトのみょうじは涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔を晒しながら未だにぼろぼろと涙を零している
しかしみょうじが泣いている理由は失恋といったものではなく、勿論怪我や病気でもない
「うわーん!パトラッシュー!」
…そう、みょうじは所謂世界名作劇場と呼ばれる作品を観賞しその内容でもらい泣きしていたのだ
「みょうじ、いい加減泣き止んだらどうだ。何度も見た作品なんだろう。」
「うう、何度見ても泣けるんだってばー。藤木くんは何で泣かないの?」
「逆に何故それほど泣けるのかを俺の方が聞きたいんだが。」
「これ見て泣かないとか、私の頭では理解出来ないよ!?」
相変わらずぐすぐすと鼻をすすりながらみょうじは映像作品を指差している
とにかくみょうじは変わったヤツだった
あの事件から自分の人生が一変した俺は復讐を誓い、極力人との関わりを避けて生きてきた
それは高校入学時でも変わらず、これからもずっとそうだろうと思っていたのだが
「ねえねえ。藤木くんって全然泣いたり笑ったりしないよね、感動映画とか見て泣いたりしないの?」
そんな俺の前に上記の失礼な台詞を吐きながら現れたのがクラスメイトのみょうじで
彼女は関わりを避ける為に一切無視を決め込んだ俺を気にした様子もなく、ほぼ毎日一方的に話し掛けてきた
俺とは真逆と言える程感情表現が豊かなみょうじはちょっとした事でも笑ったり泣いたり…とにかく忙しないヤツと俺は認識していた
「でもさ。最近藤木くん、何かちょっと表情柔らかくなったよね。」
「みょうじの気の所為だろう。」
「えー、違うよー。だって最初はこーんな感じで眉間に皺寄ってた…っていうか、仏頂面だったもん。」
そう言ってわざと険しい表情を作って見せるみょうじ
失礼だと即座に言い返せば何が面白いのか、みょうじは楽しそうに笑い出す
いつしか俺にとって、みょうじはただのクラスメイトではなくなっていた
しかし友人というべき存在ではなく、ましてや恋人といった関係性でもない
敢えて言うなら名前のない関係、と言った所だろうか
だが、俺はこの関係を嫌ってはいない
「…あっ、今藤木くん笑った!笑ったよね!?」
「笑ってない。」
「嘘だー、絶対笑ったってー。」
いつかこの関係にも変化が訪れるのかもしれないが今はただ、この関係が心地好い
それだけで十分だ
未だに笑ったか笑っていないかの論争を繰り返しているみょうじに対し、俺は小さく口元を緩ませた
名前のない関係
―――――
友達以上、恋人未満な感じです。