一番近くて、一番遠い
「新着メッセージは…1件、葵から。」
日もすっかり落ちた夕暮れ時
カフェでのアルバイトを終えた私の所に妹の葵からメッセージが入っていた事に気付き内容を確認した所、少し出掛けてくるから夕飯を先に食べてくれという連絡だった
「今日の夕飯は一人、という事ね。」
そう何気なく呟いた自分の言葉に対し、ふと義兄の姿が頭に浮かぶ
私より8歳上の義兄、財前晃
兄さんは突然両親を失った私達姉妹に苦労を掛けさせまいと必死に働き、ここまで何不自由なく育ててくれた
勿論、その事は感謝してもしきれない位に感謝している
しかし最近はある理由から兄さんとなるべく顔を合わせないよう、兄さんの仕事量に合わせてアルバイトのシフトを調整していた
それなのに…
「おかえり、なまえ。」
今日に限って、何故か兄さんは自宅にいた
どうして会社にいる筈の兄さんが此処にいるのか尋ねた所、必要な書類を取りに戻ってきただけだと言う
「葵から連絡があったと思うけど、今日は少し出掛けてくるみたい。心配だと思うけど、あの子ももう子供じゃないから…」
「なまえ。」
「……っ!」
早く会話を切り上げて自室へ行こうとした瞬間、名前を呼ばれて腕を引かれる
振り返ったそこには心配そうに此方を見つめる兄さんの姿があった
「なまえ、最近私を避けてないか?」
「…気の所為でしょう。私はいつも通りよ。」
「嘘はやめてくれ。葵も近頃の君は何か思い詰めたような顔をしていると、そう教えてくれた。」
「それが気の所為だと言ってるの。…本当に私は大丈夫だから。」
このまま話していると抑え込んでいた感情が溢れ出しそうで私は兄さんの手を無理矢理振りほどくと逃げるように部屋へと閉じ籠り、力なくその場に座り込む
「こうなる事がわかってたから、ずっと兄さんを避けてたのに…。」
兄さんに触れられた腕が熱を帯びたように熱く感じるのは、きっと気の所為ではないのだろう
いつからか私は兄さんを家族としてではなく、恋愛的な意味で好きになっていた
しかし血は繋がっていなくとも私達は兄妹
こんな想いを抱く事等間違っていると理解している筈なのにもっと兄さんの近くにいたいと、そう願ってしまう
「…私は兄さんの一番近くにいる筈なのに、一番遠い距離にいるのね。」
兄さんと兄妹でなければどんなに良かった事か
私を気遣ってくれる兄さんの優しさが嬉しくもあり…そして、とても辛い
抱いてはいけない想いを胸の奥へと押し込め、私は部屋の中でむせび泣いたのだった
一番近くて、一番遠い
―――――
財前さんに胃薬を渡したいです。