貴女が好きだから、ただそれだけの理由
「じゃあ、草薙さん。」
「ああ。気を付けて帰れよ、遊作。」
太陽が傾き空が茜色に染まり始めた夕暮れ時、草薙さんと別れた俺は自宅とは反対方向へと足を進める
数分歩き続けた先に見えてきたのは小さなケーキ店
その店先には一人の女性が立っていて、彼女は俺の姿を見つけると小さく頭を下げた
「みょうじさん。」
「ごめんね遊作くん、待たせちゃった?」
「いや、大丈夫だ。」
「そっか。…じゃあ、今日もお願いします。」
彼女は少しだけ申し訳なさそうに告げると、俺の横に並んで歩き始めた
彼女…みょうじなまえさんは先程寄ったケーキ店に勤めているのだが
一週間程前に偶然店の前を通り掛かった所、何やら店先で女性に言い寄っている男を見掛けたのだ
その男はたまたま通り掛かった俺の姿を見つけると一目散に走り去ってしまったのだが残された女性が酷く怯えていた為話を聞いた所、10日前位から付きまとってくるようになった所謂ストーカーという類の人間らしい
だが俺には何の関係もない、他人事だと割り切る事も出来た
それでも怯える彼女…みょうじさんを見ているとどうしても放っておく事が出来ず、気付けば帰宅時に自分が送っていくという旨を口走っていた
「いつもごめんね、遊作くん。アパートまで送ってもらっちゃって。」
「気にするな。…あれからあの男は。」
「遊作くんが送ってくれるようになってから姿を見せなくなったの。…このまま現れなくなるといいんだけど。」
そう言ってみょうじさんは柔らかな微笑みを浮かべるものの、やはり不安は拭えないのかその笑顔には影が差しているように見える
「でも…いつまでも遊作くんにばかり頼っちゃいけないよね。」
「…え、」
「遊作くんだって学校もあるし…友達やきっと、彼女だっているでしょ?私にばかり時間は割いてられないの、ちゃんとわかってるから。」
それは違う
最初は無意識で発した言葉の責任をただ取るつもりでみょうじさんを送っていたが、今は決してそんなつもりはない
「…違う。」
「え?」
「これは俺自身の意志でやっている事だから、みょうじさんが気を使う必要はない。」
「でも…遊作くんはどうしてそこまでしてくれるの?」
彼女にそう告げられ何故なのかを考えてみたものの、その答えは案外あっさりと浮かんできた
「それは…」
その先の言葉をみょうじさんに告げた所、彼女の頬はあっという間に夕焼けと同じ色に染まったのだった
貴女が好きだから、ただそれだけの理由
―――――
長くなりました。反省。