狂った愛に気付かないまま
ハノイの騎士が人知れず電脳空間内に築いている拠点
その拠点の中にある、リボルバー様にも内密にしてある一室に私は足を踏み入れる
「ごきげんよう、あばたー。気分はどうですか?」
「……っ!」
部屋の片隅で縮まっている少女、あばたーに声を掛けたものの、彼女は私を見ると怯えた表情を浮かばせる
…ああ、急に声を掛けたから驚かせてしまったのでしょうね
「そんなに怖がる必要はありませんよ、あばたー。貴女を取って食おうだなんて思っていませんから。」
そう告げてあばたーに近付こうとするのですが彼女は私が近付けば近付く程、後退りをしながら離れていく
相当な恥ずかしがり屋なようで、そんな所もとても愛らしい
「どうです?この空間は。貴女の事を調べて、貴女の好きなライトブルーとオフホワイトを基調とした一室に仕上げたんですよ。気に入って頂けましたか?」
だが彼女…あばたーからの返答はない
私としては少しで良いからあばたーとの会話を楽しみたいのですが
「……して…」
「あばたー、どうかしましたか?」
「…現実世界に帰して、下さい。も……一週間も意識不明で、みんな心配してるんです…っ!」
あばたーは堰を切ったように感情を溢れさせ涙を流すのだが、私には何故彼女が現実世界に戻りたいのか理解出来ない
あばたーは私と同様、現実世界の姿と同じ姿のアバターを使うデュエリストで、そのデュエルの腕もなかなかのものだ
彼女を見掛けたのはただの一度きりだったが、眩しい程のその笑顔に私は一目惚れをしてしまった
それからあばたーの事を徹底的に調べ上げた所、彼女には長い間交際している男がいる事を知った
しかし調べれば調べる程デュエルの腕も弱く、軟弱なその男は彼女に似つかわしくないという考えが日に日に強くなっていく
そんな時に思ったんです、現実世界に戻らずずっと私と過ごしていればあんな男の事等忘れてしまうのではないかと
「心配する事はありません、あばたー。例え現実世界の体が動かなくなったとしても、貴女の意識は此処にある。永久に貴女は電脳空間の中で生き続けられるんですから。」
「そん、な…」
「ずっと、ずっと…傍にいてあげますからね、あばたー。」
そう言葉を紡ぎ出しようやくあばたーの頬に触れた所、彼女はぽろぽろと大粒の涙を零す
泣く程嬉しいのは手に取るようにわかりましたが、私は出来ればあの時のような眩しい笑顔を見たいのです
「笑って下さい、あばたー。」
だが彼女は笑う所か、更に涙を零す
私は貴女の笑顔がもう一度見たい
ただそれだけが願いなのに
狂った愛に気付かないまま
―――――
誰かで狂愛を書いてみようと思ったらスペクターになってました。