淡い想いが招いた命令違反
「…ようやくリボルバー様の悲願が達成される日が来たのですね。」
ハノイの塔が起動し一目散にLINKVRAINSから逃げ出そうとする人間達を私は高所から眺めつつ、侮蔑の笑みを浮かべる
あんなに必死になって逃げた所で塔に吸収され、二度と現実世界に戻る事等出来る筈もないのに
そんな事を考えながらもう一度群衆に目を向けた所、ある人間に目が止まる
その瞬間私はほとんど無意識にその人間の腕を掴み、群衆の中から引っ張り出して離脱していた
「…全く。何をしているんでしょうね、私は。」
無意識とはいえ自分がしてしまった事に溜め息を吐いていた中、件の人間が私の腕を掴む
「あ…あの。私、なまえっていいます。私と昔、会った事ありませんか?」
その姿とその声、忘れる筈もない
幼少期を過ごしていた施設で唯一私が心を開き淡い想いを抱いていた少女、なまえ
なまえと過ごした時間は短い間だったがとても楽しく、彼女の隣にいる事はあの大樹の傍にいるのと同じ位に安らげる場所だった
しかしロスト事件後、施設へ戻された私を待っていたのは母なる大樹が切り倒された事となまえが引き取られていったという事実
あれ以来彼女の事は忘れようと心に決めていたのに、まさかこのような形で再会する事になるとは
「…知りませんね。人違いでは?」
「だって施設にいた時、一緒に遊んだ子にそっくりで…」
「此処は電脳空間ですよ。姿形なんて、幾らでも変える事が出来ます。」
「で、でも…」
「くどいですよ。」
ピシャリと言い放ち睨み付ければ一瞬怯むなまえ
その隙を狙って彼女を強制ログアウトさせる
どうしても彼女を、なまえを消滅させたくないと思ってしまったから
「待って、ーーっ!」
消え行く瞬間なまえは私の本当の名を呼びながら此方に向かって手を伸ばしたものの、私はその手を掴む事はしなかった
何故なら今の私は彼女の知る私ではなく、ハノイの騎士のスペクターなのだから
「…それでも、完全になまえを無視出来なかったのは私の甘さだったのでしょうね。」
結果的にリボルバー様の命令に僅かながら逆らってしまった自分自身に対し、私は自嘲気味に呟きながらハノイの塔を見つめていたのだった
淡い想いが招いた命令違反
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ハノイの塔出現辺りのお話です。