『ただいま』と言える居場所
すっかり夜も更けた時刻
仕事を終えた私は普段なら自宅へ戻る所だが、今日は違う
慣れた足取りでとあるマンションへと向かい、合鍵を使って中へ入ると部屋の主は電気を点けたままソファで小さな寝息を立てていた
「随分と遅くなってしまったな……すまない、なまえ。」
眠っている彼女…なまえを起こさぬよう、私は静かに二人掛けのソファに腰掛けながらそっと彼女の頬に触れる
なまえは学生時代から付き合っていた所謂、恋人同士の間柄で
数年後には一緒になろうと、そんな約束もしていた
そんな中で起こったあの痛ましい事故
右腕を失い、母に楽をさせるという願いすら果たす事が出来なくなった私ではなまえを幸せにする事等出来る訳がない
そう考えて見舞いに来たなまえへ別れ話を切り出したのだが彼女は左右に首を振って断り、自分自身が私の右腕になると
私を支えると言ってくれた
それからなまえはその言葉通り、苦しい時も辛い時もずっと傍にいて、私を支えてくれていた
「…本当、私には勿体ない位だよ。」
だがそう呟いた瞬間眠っていた彼女の瞼がゆっくりと開き、表れた双眼が私の姿を捉える
どうやら起こしてしまったようだ
「あれ?健碁くん……もしかして私、寝てた?」
「ああ。熟睡していたようだったから、起こさなかった。」
「うー…ごめんね。健碁くんが来るまで起きてようと思ったんだけど…」
「気にするな。」
落ち込むなまえを慰める為にそっと抱きしめた所彼女は嬉しそうに笑い、私を抱きしめ返す
「なまえ?」
「えへへ。おかえり、健碁くん。」
ああ、この笑顔だ
なまえの笑顔があるから苦しく辛い、この現実でも私は生きていける
「…ただいま、なまえ。」
なまえの傍だけが、私の居場所だ
『ただいま』と言える居場所
―――――
道順さんの幸せも願ってます。