素直になれない私から、貴方に宛てて
「尊!この町から出ていくって本当!?」
風もなく、波も穏やかな深夜
お隣さんの綺久ちゃんから2つ年下の恋人である尊がこの港町から出ていくと聞いた私は遅い時間にも関わらず、彼を灯台の下に呼び出した
「ああ。来週にでも発つつもりだ。」
「発つつもりって…一体何処に行くつもりよ。」
「Dencityさ。」
「Dencityって…。」
尊が行こうとしてるDencityは此処からかなり離れた街であり、頻繁に往き来出来る距離ではない
どうしてそんな場所に行こうとするのだろうか
「詳しくは言えないけど、俺にはあそこでやらなきゃいけない事があるんだ。」
「…それ、この町じゃ出来ないの?」
「…うん、残念だけど。」
彼の目を見ると何かを決意したような強い意思を感じる目をしていて、その事に対して私が口出ししてはいけない事のように感じた
それでも来週には尊が此処から、この町から離れていってしまう
そう考えれば考える程、じわじわと目頭が熱くなっていくのを止める事は出来なかった
「泣くなよなまえ、二度と会えない距離じゃないんだから。」
「別に…泣いてないし。」
「それになまえが進学しようと目指してる大学、Dencityにある大学だろ?」
「……何で知ってんの。」
「綺久に聞いた。」
綺久ちゃんめ、尊にはまだ言わないでって言っておいたのに
この場にいないお隣さんを若干恨んでいたその最中、尊から1枚の紙を手渡される
「……?何これ。」
「俺が借りようとしてる部屋。正式に決まればなまえに合鍵を渡すよ。」
「何で私に?おじいさん達に渡せばいいんじゃ…」
「なまえに渡しておけば夏休み中会いに来てくれるだろうし、大学も合格すれば一緒に住む事だって出来るだろ?」
「…は?」
後々一緒に住むって…意味わかって言ってるの?
「だから少しだけ待っててくれ、なまえ。」
そう言葉を紡いだ尊は何だかいつもよりも大人びて見える
でも、それを口にしたら聞き分けがないような私が逆に子供っぽく見えてしまう気がして
様々な感情が入り交じり、素直になれなかった私は頷く事の代わりに彼へ強烈なボディブローを食らわせたのだった
素直になれない私から、貴方に宛てて
―――――
ボディブローを食らわせたかっただけです。ごめん、穂村。