この感情を捨てられたらどんなに楽だろうか
「草薙さん、ハノイの騎士の動向は…」
いつものように学校帰りに草薙さんの店へ寄ってみたものの、珍しく応答がない
席を外しているのだろうか
そんな事を考えていた中、車内からひょっこりと見知った顔が現れる
「あっ、遊作くんおかえり。」
「なまえさん。」
顔を覗かせたのは草薙さんを通じて知り合ったハッカー仲間のなまえさんで、彼女はにこりと笑いながらそのまま言葉を続ける
「今ちょっと翔一は出掛けてるの。帰ってくるまでちょっと待っててくれる?」
「わかった。」
俺が頷くと彼女はもう一度柔らかい笑みを浮かべ、飲み物を手渡してくる
草薙さんと同い年だというなまえさんはハッキング技術もさる事ながらデュエルの腕も上々、そして誰にでも優しい性格
その人柄に惹かれるまでそう時間は掛からなかった
しかし…
「ただいま、なまえ。おっ、遊作も学校が終わる時間か。」
「おかえり、翔一。遊作くんは翔一の事、待ってたんだよ。」
「そっか。そりゃ悪かったな、遊作。」
…そう、なまえさんは草薙さんの恋人だったんだ
草薙さんやなまえさんから明確に告げられた訳じゃないが、雰囲気や言動から見て間違いないだろう
「一人で留守番させて悪かったな、なまえ。変なヤツに絡まれたりしなかったか?」
「もう、小さい子じゃないんだから大丈夫だよ。来たのも遊作くんだけだもん。」
『翔一』、『遊作くん』
決して他意はないのだろうが、たった呼び方一つだけで彼女にとって草薙さんが特別な人間なのだと自覚してしまう
そもそも彼女は俺の想いなど知る筈もなく、勝手にこんな感情を抱いている自分が間違っているのだが
「そういや遊作、俺を待ってたんだろ。」
「あ…いや、用事を思い出したから今日はもう帰る。」
「何だそりゃ。」
これ以上二人が一緒にいる所を見ていると醜い感情が沸き上がって来そうな気がする
そう考えて帰ろうとした所、なまえさんに軽く左腕を引かれる
「はい、遊作くんに夕飯代わりのお弁当。ちゃんとご飯、食べてね。」
満面の笑みを浮かべながら弁当を差し出してくるなまえさん
「…ありがとう、なまえさん。」
俺が礼を言うと彼女は嬉しそうに微笑みながら帰路に就く俺に向かって手を振る
なまえさんに惹かれ恋い焦がれる気持ちが大きくなっていく反面、この想いは彼女だけでなく草薙さんも傷付ける事もわかっている
「…こんな感情、消えてしまえばいいのに。」
なまえさんが作ってくれた弁当を持つ手に力を込めつつ俺は夕刻の空に一人、呪詛の言葉を吐いた
この感情を捨てられたらどんなに楽だろうか
―――――
遊作の横恋慕。