プロポーズはどちらから | ナノ




「あー、岩ちゃん、俺肉まん食べたくなっちゃった」
「はぁ? 言うの遅いわ。もうコンビニは通り過ぎただろうが」
「えーでも肉まんの気分なんだよー」
「さっき夕飯食べたのにまだ食うのかよ」
「これでも現役アスリートだからね」
 えへん、と威張る及川徹の脇腹に肘鉄を入れると、岩泉はポケットを探った。
「これしか持ってないわ」
 そう言って及川に手渡すと、受け取った及川はぶふぅ、と吹き出した。
「ちょ、いわちゃ、岩ちゃんが、グミとか、かわい、女子かよ!」
 2度目の肘鉄を食らわせることになったのは言うまでもない。


 ちゃっかりあーこれおいしいね〜とか言いながらグミをもぐもぐ食べている及川を連れて、岩泉は近所の公園に入る。夜遅いこともあってしんと静まり返っていた。空気の冷たさが人の気配がない空間をより寂しく見せる。小さい頃は地元の公園でよく遊んだものだが、当然大人になってからは来る機会もない。岩ちゃんは木によく登ってたよね、と及川は目を細める。つい懐かしくなってシーソーに乗ってみたり(冗談で座ってみたら及川が駆け寄ってきたので普通に数回シーソーを動かしたが、及川は低すぎてやりづらいとわめきながらも楽しそうにぎっこんばったんしていた)、ブランコをこいでみたり(やはり低すぎて足を持て余した)と、公園を満喫した。その後自動販売機で温かいコーヒーを買うと、外灯の側のベンチに揃って腰掛けた。息が白い。ほーっと息を吐くと、より白く見える。及川もそれを真似してほー! と言いながら息を吐いた。声に出さなくていいだろ、と笑うとうへへー、岩ちゃんを笑わせたから俺の勝ち〜と自分ルールで遊び始めた。はいはい、と流して、買ってきたコーヒーを飲んだ。冬空の下で飲むホットコーヒーはなんだか格別だった。


 二人して夜にぷらぷらと出歩いているのは、何も気分でというわけではない。岩泉と及川はここ3ヶ月はまともに顔を合わせておらず、久々の逢瀬だった。実業団でプレーする及川は遠征や日々の練習に忙しく、岩泉もスポーツトレーナーとしてようやく仕事が軌道に乗ってきたところだ。もちろん連絡は取っていたものの、お互いに時間が合わず、この連休は偶然双方が取れた休暇だった。夕飯を外で済ませ、この後及川は岩泉のアパートに泊まっていく予定だった。必要かもしれないと思い、酒やつまみ、食材などはひとりでいるときよりも多めに買い込んである。及川が来るのは初めてではないが、いつも歓迎する準備をしてしまう自分に岩泉は馬鹿みたいだなと苦笑してしまう。


「寒くない?」
「ああ、いい加減帰るか」
「え! いや、まだもうちょっと」
「なんだよ、お前が体調崩したら笑えねーわ」
「大丈夫だって! あっ! じゃあそれ貸してよ」
 岩泉のネックウォーマーを引っ張りながら、白い息で訴えてくるので、仕方なく貸してやる。
「お前髪のセットが崩れるから嫌だなんだって言ってたくせになんだよ」
「マフラー忘れてきちゃったんだよ」
「めんどくせーな」
「それでも貸してくれるんだから、岩ちゃんてば及川さんのこと大好きだな〜」
「返せクソ川」
 コーヒーを飲み干すと途端に寒くなってくる。
「岩ちゃんなんだかんだ久々じゃない?」
「おう」
「どう? 生の及川さんは」
「電話じゃ殴れねーからな。ストレスたまらなくていいわ」
「殴る前提かよ!」
「お前こそ、どうなんだよ、調子は」
「ふふん。及川さんは絶好調だよ! って言いたいところだけど、あんまり勝率は良くないんだよね。まあ、ウシワカちゃんとも合わせるの結構慣れてきたし、これからが勝負だね」
「お前がウシワカと一緒のチームとか感慨深いわ……」
「ほんとにね。この前は飛雄ちゃんとチビちゃんに会ってね……」
 懐かしい名前に顔がほころぶ。いずれ、バレーボール日本代表のトレーナーとして仕事がしたいわ、と言うと、俺たちの超絶信頼関係を世界にアピールするチャンスだね! などとのたまうので、自分も選ばれると信じて疑わないそのずうずうしさと自信に笑ってしまった。もちろん、岩泉もそういう日が来ると信じて疑っていないのだが。
「あっ岩ちゃん! 及川さんは忘れてないよ! この前同僚に岩ちゃんに気があるみたいな子いたでしょ! どうなった!? ちゃんとびしっ! ばしっ! と断ったでしょーね」
「あーあれな。なんかそんな雰囲気になっちまったからもう相手いるって言ったわ」
「うーんギリギリな発言だねえ」
「そうか? セーフだろ。ていうかな、お前」
 ふうと息を吐いて、岩泉は切り出した。
「そうやっていちいち確認するのめんどくさいだろ。俺、お前以外とどうこうとかないから。自分でもわかんねーけど、もう考えられねーんだよ。俺がこれから生きていく時に、お前以外が隣にいるとか、上手く思い浮かばねぇ。例え女でもな」
「……うん。俺もだよ」
 頷きながらぐすっと及川は鼻を鳴らした。
「周りは正直認めてくれねーかもな。きっついこともあるだろ。けど、俺は一生独身でいるのも別にいいと思ってるし」
「独身じゃないでしょ。及川さんがいるもん」
「対外的な話だ。特にお前は選手だからな、イメージがある」
「……うん」
「俺はそんなんで折れたりしねーよ。知ってんだろ。だから……つーか、泣くなよお前」
 及川の目から溢れた雫はネックウォーマーに吸い込まれていく。泣き虫だった幼い彼を思い出して思わず頭を撫でようとしたが、急に及川は自らの頬をビンタした。ばしん、と鋭い音が冬の空気を切り裂く。岩泉は驚きに目を見開きながら及川を見つめていた。及川はゆっくり立ち上がりこちらを見下ろす。ネックウォーマーを引き下げ、口もとをあらわにしてから、場違いなくらい綺麗な笑みを形づくる。
「おいかわ……?」
「岩ちゃん」
 及川の表情が、くしゃりと、困ったような泣き笑いになった。また目からこぼれ落ちるかと思った涙は、堪えるように目の中で揺らめいていた。それを見た瞬間立ち上がって、次の言葉を及川が言ったのとほぼ同時に、その身体を抱きしめていた。
「結婚しよう?」










 帰り道。及川が拗ねたように、まだ少し鼻声のままで困ったなぁと呟いた。
「俺さぁ、これでも考えたんだよ」
「何をだよ」
「どうやってプロポーズしたらいいかなーってさ。どんなシチュエーションで、どんなものを用意して、どんな言葉を言えば、岩ちゃんがその後もずーーーっと思い出して赤面しちゃうようなプロポーズになるかなぁって」
「相変わらず気色悪いなお前」
「うへへ」
 罵倒しているのに、及川の頬は緩み切っている。口が悪くとも、それが幼馴染みの愛情表現なのだと信じて疑っていないその態度を、岩泉は愛しいと思う。
「でも結局さぁ」
 及川が笑顔で見つめてくるので首を傾げて答えると、
「思い出したら赤面しちゃうのは俺だね!」
「……ばーか」
 寒い日で良かったと思う。鼻や頬が赤くなっていても多少はごまかせるだろう。そうは言っても、聡い彼がそれを見逃してくれるはずもないのだけれど。










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