通りすがりの劣情に | ナノ






 廊下の向こうから、見慣れた姿がやってきた。何も表情を浮かばせていない時の彼は、ただの美青年で、線の細い身体は身長以上に彼をすらっと見せている。彼の姿を見るのは久々な気がした。実際はそうでもないはずだ。いつもは一緒に行動しているのだが、都合で別の仕事につくことになってちょうど1週間経っている。1週間離れただけでこんなふうに思うのか、と考えていると、向こうもこちらに気づいたようで、ひらひらと手を振って笑った。話せる距離まで来たところで、日向は仕事はどうだ? などとたわいもない話を切り出そうとしたが、狛枝は指で近くの部屋を指し示した。
「話すならさ、資料探しながらでもいいかな?」
 資料室は基本的に人が常駐することがないため、空気が滞りがちだ。入って早々換気扇を回してみると、埃っぽい臭いがあたりに充満して、逆効果だったんじゃないかとすら思えてくる。電気をつけて、日向は特にやることもなく適当な資料に手をかけてタイトルを確認してみた。すると、狛枝が背後に立つ気配がした。ぞくりと、背中に走る悪寒。嫌な予感というやつだ。
 スーツの後ろから、尻を通して、穴の位置に指先が押しつけられる。
「ちょっ……おまえ……!!」
 昼間っから何を盛っているのだと振り向こうとしたが、壁に押しつけられる格好になって上手く身を捩れなかった。かろうじて顔を振り向かせれば、数センチの距離に狛枝の顔があって、素知らぬ表情で囁いてくる。
「なぁに? 日向クン」
「っ……ぅわ」
 生地の上からすり、と穴を刺激されて、腰がびくりと反応してしまう。ありえない。今は仕事中だ。いくら誰もいないからって、こんな昼間に。脱がされていないとはいえ、壁に押しつけ押しつけられる男共を見たら、たいていの人は疑いの眼差しを向けるだろう。
「誰か入ってきたらどうす……んんっ」
 狛枝がうっとりと口づけてくる。なんて独りよがりな! 日向は文句を言いたい気持ちをごちん! と頭突きするように歯をぶつけることで示したが、狛枝はおかしかったのかくすぐったそうに笑って顔を離した。
「日向クン、お尻柔らかいね」
「痴漢野郎」
「合意の元でしょ?」
「誰がいつ合意したんだ!??」
 すぼまりを目がけてぐりぐりと押しつけられる指。そのせいで、手のひらから腕にかけて、日向の尻を揉むような形になっている。大して脂肪のつかない男の身体だから、触り心地はまったくよくないだろう。だいたい、日向の身体は筋肉質で、そこまで鍛えなくても筋肉はとどまってくれるし、脂肪もつきにくい。
「お尻でイけるようになると、身体が女の子になっちゃうらしいよ」
「急になんの話だよ」
「だから、日向クンのお尻も、前に比べたらすごく柔らかいんだよ」
「変態」
「えへへ」
「褒めてないぞ。なんで嬉しそうなんだ」
「だって……日向クンの身体のことを誰よりも知ることができるって……最高だよね」
「気持ち悪い」
「ほら、ちょっと濡れてきたんじゃない?」
「そんなわけないだろ。ここ職場だぞ。いい加減にして仕事に戻れよ」
「日向クンの管理もボクの仕事なんだよね」
「は……?」
 ぱっと、狛枝は今までの執拗な接触がなかったかのように潔く離れる。日向は一応スーツを整えて、変態を睨む。
「日向クン、今日ボクの部屋に来るでしょ。用意しとくね」
「……なんで決定事項なんだよ」
「最近忙しかったでしょ? そろそろ、限界なんじゃない? だってさっき……」

 ボクのこと見た時、喉が鳴ってたでしょ?

 名残惜しさなど欠片もなさそうに、狛枝は部屋を出ていった。まるで、仕事で必要な資料を調達しただけだというように。
 残された日向は、口を覆って、その場に立ち尽くしていた。








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -