既成事実 | ナノ





 背中にあたる固い感触で目が覚めた。腰と背中が痛い。辺りをゆっくりと見回すが、なんてことはない。コテージの中だった。ただし、自分のではない。
 深い緑色のパーカーが窓から入る月明かりにぼおっと照らされて浮き上がって見える。彼はテーブルに向かって本を読んでいるようだった。横顔は静かで、この部屋に自分しかいないような、無防備な顔だった。もしくは、自分に害を与えるものではないと思っているのだろうか。日向が自分の存在を主張するように身じろぎすると、その衣擦れの音でこちらをようやく振り向く。視線が絡んで、彼の灰色の瞳はひとつ、瞬きをする。
「あぁ、おはよう。もう夜だけど」
「狛枝……これなんだよ、何考えてんだ」
「何って……見てわからないかな?」
 日向は背中側で手首を縛られてベッドの足に括りつけられていた。すぐに解けると思ったが大間違いだった。がたがたとベットを揺らすだけにとどまった抵抗を見て、狛枝はにこっと笑う。状況に見合わない笑顔に寒気がした。
 狛枝は立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。
「ほんと、ムカつくよ。予備学科の分際で、みんなと平気で喋ってさ。どうしてそんなに身分をわきまえないのかな? ボクが馬鹿みたいじゃない?」
「…………要するに、嫉妬かよ」
「は?」
 底冷えするような冷たい目が見下ろしてくる。冷気を漂わせるその瞳の奥底で、赤い炎がゆらりと揺らめくように立ち上がる。
 近づいてきた狛枝は、足で日向の膝を蹴りあげ、開かせた。晒された急所に躊躇いなく足を乗せる。日向の額を冷たい汗がつたった。
「いたい……っ」
「…………嫉妬? どういう意味か聞いていい?」
「お前は……あいつらに引け目を感じてるから、だから、普通に話せる俺が憎いんだろ……」
「…………」
 狛枝はやれやれ、とため息を吐いた。
「……まあ、予備学科の頭じゃそこが限界か。ていうかさ…………なんで、勃ってんの」
 狛枝の靴底がぐり、と強く日向のズボンを踏みつける。確かに日向のそこは狛枝から与えられる刺激に応えてしまっていた。
「……っ生理現象だ」
 上から見下ろされ、急所を晒しながらも、何故身体が勝手に反応してしまうのか、自分でもわからなかった。狛枝の瞳には軽蔑の色しかなく、これまで仲が良かったのになんで、という気持ちや、弱いところを踏まれている恐怖さえ感じるのに、目が逸らせない。
「言い訳が下手くそだね。ボクの足で感じたの? 日向クンがそんなにはしたないなんて、知らなかったなぁ……」
「っっっ!!!」
 痛みのあった先ほどの動きと違い、今度は靴の底が優しく急所を撫でる。うめき声が漏れてしまい、じわりと顔に熱が上った。
「……ああ、そういうアプローチもアリか……ボクってやっぱり発想が乏しいね」
「……何する気だよ」
「何ってそんなの、文脈でわかってよ」
 じぃ、とズボンのジッパーを下ろされて、下着ごとずるりと脱がされる。下半身がすーすーとして落ち着かない。シャツだけというあられもない格好にされて、狛枝の視線に晒される。羞恥が溢れ出すように涙がこぼれた。
「あれ、泣いちゃった。どうしたの? 脱がされて嫌だった?」
 狛枝がいたわるように優しく性器に触れてくる。狛枝の短く切りそろえた爪が見えた。細い指先と、骨ばった手の甲が丸められ、日向自身を包み込む。ぎゅっと目を閉じたが、逆に怖くなってすぐに開けてしまった。思ったよりもすぐそばに狛枝の顔があり、目が合ってしまう。気まずくて、視線をさまよわせるが、こんな状況にふさわしい目線の置き場など見つからなかった。
「あ、おい、ちょっ……こまえだ……」
「なぁに?」
 する、と指先から手のひらを軽く滑らせてくる。心もとない刺激が物足りなくて、腰がざわつく。必死に触れられているところから目を逸らしていると、気を悪くしたのか、狛枝の手は急に強さを増して、容赦なくそこを握ってきた。
「っあ、」
「なんでこっち見ないの? 恥ずかしいの? だったらボクの方見てなよ。ボクの顔好きでしょ? いっつも見てるもんね? ゴミ虫の思い上がりかな?」
「……うぅ、別にそんなんじゃ……」
「それとも、キスする?」
「ぅあ! キスは、無理! やめろ! 」
「…………」
 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、狛枝の瞳の光が揺らいだ。そこに何らかの意味を見出す前に、狛枝の瞳が不快そうに細められる。
「なんで? 本当に好きな人としかしないとか? あはっ、童貞っぽい」
「……………………」
 そこで黙り込む日向の性器はすでに質量を増して、狛枝の手の中で先走りを垂れ流している。滑りが良くなったためさらにスピードが上がって、声を抑えているのにひどくみっともない呻き声が勝手に口から漏れていく。
「ん、ぐ、……ぁ」
「…………」
 狛枝は日向の性器を見つめて眉根を寄せていたが、急に何かを思いついたようにぱっと顔を上げた。まるで子どもが何かをひらめいて親に相談する時の顔だ。彼は体勢を低くして日向の股の間に伏せると、手にしたものにキスをした。
「え!!!?」
「日向クンがしてくれないなら……こっちの日向クンとするよ」
「うわ、え、なんっ、わああぁ! やめろ!!!!」
「んっ……」
 性器に唇が触れて、控えめなキスが落とされる。それを何度か繰り返されて、恥ずかしさで頭がどうにかなりそうだった。現実感がなくてぼうっとしていると、舌がそろそろと這い回り、初めての感触に背中が泡立った。唾液の濡れた感触が、同じく濡れそぼった性器に触れて、擦れる。それだけのことで、日向の頭は沸騰した。相手が狛枝だというのに、おかしいだろ、と頭のなかで警告がひっきりなしに出ているのに、狛枝が難しい顔をしながら自分のものを口の中に迎え入れた時には、腰全体がびくりと震えた。いつの間にか自分がはぁはぁと息を乱していることに気づいて、咄嗟に息を止めたが、それを非難するように狛枝がひときわ強く口内でぐちゅ、と摩擦を起こして、誰が得するのかわからないような悲鳴をあげる羽目になった。
「……うぅ……」
「ん、うぅ……」
「ひっ……」
 何が狛枝をこんな行為に走らせるのか。
 まったく理解が追いつかない。こうして日向を恥辱に貶めて、士気を奪うのが目的なのだろうか。それなら、自分を犠牲にしない他の方法があるはずなのに。何故、こんな……
「なに、かんがえてるの」
 狛枝は口を離してそう言ってから、舌を伸ばして先端を口にゆっくりと含んだ。日向が見ていることを確認しつつ、そのままゆっくりとできる限り奥まで飲み込んでいく。
「わ、あ、ちょ、狛枝、お前っ……」
「んぐ、っ」
「苦しいだろ、やめとけって……うあっ!」
 竿を手で支えられて、口と共に前後に動かされる。口内で擦れるように口をすぼめて、主人に奉仕をするように丹念に刺激を与えられて、日向は困惑と羞恥と快楽に溺れそうになる。
「っあ! こまえだ、だめだって、そんなの!」
「にゃにが?」
「うわ、喋んな、舌が当たる!」
「ん、」
「ふあ、お前の舌、すごいっ……なんぁこれ、うぁあぁ」
 くちゅ、くちゅ、と狛枝の口のなかから大きな音がする。狛枝の口に自分のものがおさまっていることが信じられない。動かされる度に、狛枝の舌が絡んで、予期せぬ刺激に気が狂いそうになる。奥までくわえた時に先端が当たっているのは狛枝の喉の部分だろうか。苦しそうに呻きながら深くくわえるその姿はいじらしいとさえ思うのに、目的がわからない行為は不気味だった。しかし、波のように訪れる射精欲にそんな疑念もかき乱されていく。思考が性欲というノイズに侵される。次第に、出したい、という気持ちに支配されそうになるが、目の前の光景を見ていると我慢しなければならないと思い直す。今出せば、狛枝の口の中に注ぎ込むことになってしまう。しかし日向には狛枝を押しのける力が残っていなかった。与えられる刺激に素直に反応している腰をがくがくと震えさせながら、必死に、狛枝に訴える。
「こま……え……出る……から、顔はなせ……」
「…………」
 狛枝は答えない代わりに目を細めた。軽蔑の視線ではない。微笑んだのだ。
「なんで、お前、ああ、ぅ、ぐっ……」
「日向クン」
 ちゅ、と先端が吸われた。早く出せ、と言われているような気がして、狛枝のその表情がひどく熱に浮かされていて艶美で、そんなことを思ってはいけないと目をつぶって、逆に刺激に敏感になってしまって目を再び開けて、休まることのない刺激に視界が真っ白になっていって……




「あ……」
 目を開けた時、呆然としている狛枝がいた。ぽうっと、熱心にこちらを見つめていて、まるで恋する乙女のように、頬を染めて、日向の顔を覗き込んでいた。しかし、日向はぎょっとしてしまう。そのあどけない表情は、白っぽい液体で汚れていた。素早く体勢を立て直して、おろおろとティッシュを探すが、自分が縛られていることを忘れていて、腕を変なふうに痛めそうになった。
「こ、こまえだぁっ!!!!!!」
「……ん?」
 彼はきょとんとした表情で首を傾げて、口の端についた液体をぺろりと舐めた。
「ちょっ! ばっ……!!!!!!」
「おいしくはないな……でも、これが日向クンの体内で作られたものだと思うと、ちょっともったいないかも……」
「何を言ってるんだ、お前は…………!!!!!」
「そんなに、怒鳴らないでよ……悪いことをした自覚はあるんだよ……」
「怒鳴るに決まってるだろ!? てか自覚あるのか!? お前、なんなんだよ!? なんのつもりでっ…………!!!?」


「だって、日向クンが好きだから」


 あっさりと言い放った狛枝に頭が完全について行かなくなった。は? こいつ今なんて?
「日向クンは予備学科だから、本科の人間のことはみんなすごく見えちゃいそうだし……そうすると、ボクみたいな底辺なんか勝ち目がなくなるじゃない。だから、早いところ既成事実を作らないとって……………………」
「……………………」
「日向クン、嫉妬って言ったでしょ。合ってるよ。ボクはみんなに嫉妬してたんだ。日向クンに尊敬の眼差しを向けられる、日向クンに好意を向けられる。羨ましくて頭がどうにかなりそうだったんだよ。それなら無理やり日向クンにとって忘れられない存在になるしかないでしょ」
「め、めちゃくちゃだ!! つーか顔を拭けよ!! それと、これ外せ!!!!」
 仕方がないというように狛枝は日向の拘束を解き、自分の顔をティッシュで拭った。日向は自由になった手をさすって、自らの衣服を整えると、狛枝の姿を宇宙人でも見るような目で眺めた。実際に、意思疎通ができない点では遠からずといったところだった。
「強硬手段になっちゃったことは謝るよ。だけど……」
「だけどもクソもあるかっ!!」
「えっと、でも、気持ちよかったでしょ? それとも、ダメだった?」
「そういう問題じゃない!!!!!!」
 なんでお前は……日向はいろいろと言いたいことを飲み込んで、1番疑問だったところを尋ねた。
「お、おまえ……す、すきなのか?」
「え?」
 狛枝が首を傾げて、ああ、と頷いた。
「好き。日向クンの、飲めるくらいは好き」
「そんっっっっな尺度はいらねーんだよ!!!!!」
「そうなの? わかりやすいかなって思ったんだけど」
「それは違うぞ……でも……」
 こんなことをされたのに、どこかほっとしている自分がいることに気づく。それは、こんなとんでもないやつを気にかけていたということで、あまり認めたくないけれども。
「嫌われたわけじゃなかったんだな……」
 狛枝の頬を汗が流れていくのが見えて、日向は自分の指先でそれをすくった。思わずやってしまった自分の行動に、ドン引きしそうになるが、それよりも先に狛枝の顔が急に真っ赤に染まっていることに驚いた。
「は? どうした?」
「だ、だ、だって、日向クンが急に触るから」
「お前、人にはさんざん触っておいて…………」
「そんなこと言ったって、好きな人に触られたらどきどきするでしょ? 日向クンはボクのことなんか眼中にないから触ってもなんとも思わないかもしれないけど……」
 と言いながら狛枝がどさくさに紛れて日向の心臓あたりに手を触れさせた。
「……あれあれあれあれ? なんか、めちゃくちゃ鼓動が速いんだけど」
「そんなわけないだろ!!!! この異常な状況に動揺してるだけだ!!!!」
「そっか……ごめん、一瞬でも好きになってくれたのかなって思った自分がおこがましいよ」
「はは、そうだよ、そんなことあるわけないだろ!! こんなことされて……そんなの、」
 自分のひどくうるさい心臓の音を聞きながら、日向は内心で叫んだ。



 あるわけないだろ!!!!! こんなわけのわかんないやつを好きになるなんて!!!!!!!!!!!













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