魔王の最期 | ナノ
ずぶり、と大剣がオイカワの胸に吸い込まれていった。
いや。
吸い込まれるなんていうなまやさしい感触ではなくて、皮膚を裂き、筋繊維を断ち切って、本来通るはずのないところに、穴を開けた。ぐちゃりぐちゃりと、確かにその都度抵抗があった。それでもイワイズミは、これでもかと力一杯剣を押し込んだのだ。
「ぁは、」
オイカワがもらした息は、血を吐く音に変わって、言葉になりそこなった。笑ったのか? イワイズミは剣を離さなかった。剣とオイカワは一心同体になって、動かしたらオイカワも一緒に動いてしまいそうだった。赤黒い液体が、オイカワの黒い外套をものすごい早さで染めていく。
「やっと、しまいだな。オイカワ」
「……ん……」
紅い瞳が閉じられる。どこか満足そうに、オイカワは吐息だけの返事をした。
「ねぇ……イワちゃん」
「なんだよ、もうあんまり喋んな」
「え、へへ……ね、抜いてよ。これ」
「…………」
「しんぱいしなくても、もう……治癒つかえない……から……」
そんなことを懸念したわけではないけれど、イワイズミは歯を食いしばって、オイカワの肩に手をかけた。もう片方で剣を握り、力をこめる。これを抜けば、大量の出血は避けられない。いくら魔族のオイカワでも、さすがに死に至るだろう。他でもない、イワイズミの手で、殺されるのだ。理不尽なくらいに、嫌な最後だ。幼なじみで、友だちだった。なのに、こんなことになったのは何故だ。
おれは、おまえのことを殺したいわけじゃなかったんだ。
ただ、あの頃に戻りたかっただけで。
でも、いろいろな事情がこの腕に絡みついて、お前を殺すことでしか世界は救われないのだと知った。
「さいごくらい、さぁ」
「…………」
「なんにも、だれにも、じゃまされないで」
「……っ……」
「だきしめてよ」
「っ……くっそおおおおおおおおおおお!!!!」
オイカワに吸いつくような剣を、無理やり、引っ張り出す。オイカワはよろめいて、そばの岩に半ば叩きつけられるような形で寄りかかった。勢いよく血が溢れて、イワイズミの鎧を覆っていく。全身返り血だらけで、むせ返るような臭いももう気にならなかった。足もとがぬかるんでいるのもかまわず、オイカワのそばにしゃがみこんだ。皮肉にもそれは、騎士が主人に仕えるように見えただろう。
オイカワが眉をひそめて、苦しそうに息をととのえようとしている。ととのうはずのない呼気が、笑った形に弧を描いている口から吐き出される。どんどん吐き出されていく。それはオイカワという命が見せる、最期の足掻きのようだった。
「イワちゃん、さいご、だよ」
「ばかやろう」
声が震えてしまった。大王を倒すというのが、自分の使命だったのだ。これで、良かったはずだ。
良かったのだろうか? 自分にとって大切なひとりを殺して、世界を救うこと。それが最善だったのだろうか。
おれだけは、オイカワの味方でいたかった。
誰よりもそれを望んでいたのに。
「ほんとうに……ばかやろうだな、おまえ」
「ばか、しか、いってな……」
「うるせぇ」
オイカワの肩を抱き寄せる。その身体はこんな状態でもやけにあたたかくて、なおさら、これから失われるものを感じさせた。心臓はほぼ潰されているのに、身体のどこかから弱々しく脈動が聞こえる。魔族の身体は頑丈に出来ている。だからこそ、心臓をひとつきで潰さなければならなかった。
こんなに酷い方法で、友を葬らねばならなかった。
「うれ、しい……」
ほろっと、オイカワが大粒の涙を流した。それは、地面に落ちると結晶化し、宝石になった。それをきっかけに、足先から、身体が細かい粒子のようにほどけて、空気に溶け込んでゆく。
「こんなせかいじゃなかったら」
「イワちゃんと」
「いっしょ」
「に」
瞬きのあとには、オイカワの残滓しか残っていなかった。急いでそれを手のひらの中につかまえて、もう1度開いてみても、もうそこには何も残らなかった。
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