並んで歩かずとも | ナノ




 目の前で、友人の唇が酸素を求めるようにぱくぱくと苦しそうに動く。それを見て後悔しなかったと言えば嘘になる。ああ、予想よりもきついな。
 彼の歪んだ顔を見るのは。
 世間的には端正な顔立ちなのだろう、その表情筋は引き攣り、唇は笑いきれずに途中で無理やり止められたように半開きになっている。瞳は見開かれ、親の仇でも睨みつけるかのように激しい怒りが宿っていた。
「なんでだよ! 俺、そんなの聞いてない……!!」
「怒鳴るなよ。イケメンが聞いて呆れるぜ」
「茶化さないで」
 すっと、彼の顔色が冷める。完全なる無表情で、こちらをまっすぐに睨んでくる。圧倒された。なぜこんなところで、こんな迫力で。バレーの試合でやってくれよ、なぁ。
「当然だ。言ってないからな」
「一緒に東京行こうって言ったじゃん!!」
「ばぁか。一緒に行ってどうすんだよ。また俺におんぶにだっこか? 冗談がすぎるぜ、及川さんよ」
「なん……で?」
 嫌になった?
 絞り出すように、及川徹は俯いてそう言った。そんなわけねぇべ。らしくねぇな、何弱気になってんだ。そう言ってしまうのは簡単だったが、あえてそうしなかった。ふっと、岩泉一は息をつく。
「俺らもう何年一緒にいる? そろそろ離れた方が、お互いの為だって。お前だってわかってんだろ?」
「わかんないよ!!」
 思わず、ふふ、と笑ってしまった。何もおかしくない! と及川に怒鳴られた。子どもかよ。なんで俺がいなくなるってだけでお前はそんな剣幕になるんだよ。ちゃんちゃらおかしいぜ。
「頼むから。お前はお前でやることあるだろ」
「俺のこと、邪魔?」
「違うって。お前もうちょっと先のこと考えろ」
「先のこと……?」
 泣きそうになりながら、及川徹は唇を噛んだ。
「岩ちゃん、本当に嫌になったんだ……」
「だからそうじゃねぇっつってんだろ、話聞けよ」
 聞き分けのない子どもみたいだ。思いながら、及川の腕を取ろうとした。避けられたのでいらっとして、おい! と一喝すると、びく、と及川はかわいそうなくらい震えた。冗談じゃねーよ、ゴリラみてーな外見しやがって、小動物かよ。
「そんなに御希望なら後でいくらでも一緒にいてやるから、拗ねるな」
「後でっていつ」
「そんなんわかるか。期を見てに決まってんだろ」
「岩ちゃんが期を見て、とか」
 ぶふぅ、と空気も読まず及川は吹き出した。殺されてーのか?
「お前、このままバレー続けるんだろ。それについてくのは結構きついってわかれや」
「え……」
 途端にほうけた顔になった及川はことんと首を傾げた。
「ついてきてくれるの?」
「お前、ひとりじゃ潰れんだろ」
「岩ちゃん……!!」
 数秒前まで阿呆面だった男は今度は泣き出した。すごいな、こいつ。ひとりで百面相してやがる。それをさせたのが岩泉だというのは、うん、なかなか悪くない。
「選手以外の道を探すわ。それでも、お前のとこに行けるかはわかんねーけど」
「いいよ、そのときは俺が岩ちゃんを引っ張ってくる」
 かと思えば、急に男らしいことを言うものだから。
 お前にはかなわねーよ。
「岩ちゃん?」
「……なんでもねーわクソ川」











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