想われ人との帰り道 | ナノ



「岩ちゃんってさ」
「ん?」
 いつものように、コンビニで肉まんを買って、それを頬張りながら道を歩いていた。いつもと違うのは、部活帰りではないということと、それから、二人の距離感だろうか。振り返ると、及川は肉まんを手に持ったまま岩泉を見つめている。
「自分のことあんま話さないよね」
「あ? ってかお前早く食えよ、冷めるぞ」
「あっうん」
 包装を剥ぎながら、及川が首を傾げる。答えを促されているようだ。
「別に、話さねえってほどじゃねえだろ。意識したこともねーよ」
「んん……そう?」
「おう」
「でも俺は、もっと岩ちゃんのこと知りたいなーなんて」
「きめぇ。小学校から一緒にいて今更何言ってんだ、きめぇ」
「二回言わなくていいのに!!」
 本気でしょげた様子で肉まんを食べ続ける及川に、少しだけ胸が痛んだ。いつもより一歩遠い距離を、気がつくと見つめてしまう自分がいる。



 先日、及川に告白された。「岩ちゃん、好きだから、付き合って」これ以上ない簡潔な言葉。それに対して岩泉は言葉を失ってしまった。冗談だろ、と笑い飛ばせないほど及川の目が真剣で、切迫した光を孕んでいて、その場では「考えさせてくれ」としか言えなかった。いくら考えたところで、彼を恋愛のフィルターで見ることなどできはしないと、岩泉はよくわかっていたのに。どうしても、断って関係を壊すことが怖かった。保留している今の段階では、多少のぎこちなさはあれど、いつものように軽口を叩ける程度にはいられるようだ。しかしこの空いた距離は、二人の間にできた溝を如実に表現していた。花巻、松川あたりがいたら喧嘩でもしたのかと問い詰められたことだろう。
これでも真面目に考えてみたのだ。及川をそういう相手として見られるかどうか。結論が出るのは早かった。
 自分の中にあるすべての感情を集めたって、彼を恋人として愛する感情にはなりえない。
しかし同時に、岩泉にとって残念でならないのだ。及川の求めるような岩泉には、おそらくなれないだろう。そのことが苦しい。虚しい。及川を引き止められるだけの感情が自分の中にないことも。無理やり彼をそういう意味で好きだと思い込むことが出来ない不器用な自分も。
 結局、及川が離れていくのが怖いだけなのだ。及川も、これまで自分を支えてきた相棒がただの意気地無しだと知ったら、さぞがっかりすることだろう。
 それを、言おうかと悩む。肉まんの包装を握り潰して、ふう、と息を吐くと、及川も食べ終わっていたようで目が合った。その一瞬、どちらが切り出そうかと視線だけで意思の疎通が行われた。逸らしたのは岩泉だった。ふふ、と及川がくすぐったそうに笑う。
「わかる。今、俺のこと考えてたでしょ」
「調子乗んじゃねーよ」
「えへへ」
 口元を綻ばせて、肩をすり寄せるように並んで歩く。いつもなら気にならないはずのスキンシップが、罪悪感を抱える岩泉にはこたえた。
「お前さ」
「うん?」
「やめとけよ、俺なんか」
 立ち止まって、及川は白い息を吐きながらじっと次の言葉を待っていた。その姿を見るのも辛くてうつむいた。
「お前、モテるし。男である必要もないだろうし。なんで、俺なんだ」
「言わせるの? ずるいんだから」
 及川は肩をすくめた。
「もう今じゃ、好きっていうのが当たり前すぎて言葉にするのも難しいんだよ。きっと岩ちゃんもそうだと思ってた。俺の勘違いかぁ」
 そっか、と一際白くなった息は、暗い夜の空気に溶けてさっと見えなくなる。及川の鼻の頭と頬は寒さでわずかに赤らみ、マフラーに顔をうずめるように歩く様は小学生の頃から変わりない。毎年見てきた姿だった。
「お前のこと、なんていうか、そんなふうに見たことねぇし」
「俺もないよ」
「はぁ?」
「ないけど、一生一緒にいたい人って思っちゃったから」
 何気なく、つぶやくように言った及川の言葉が、やたら耳に残った。
「お前趣味わりぃのな」
「自分で言うの?」
「一生一緒にってなんだよ」
「そのままの意味だけど」
「お前な……」
 ため息を吐いて、それは幻想だ、と。今まで幼馴染みとして甘えてきた岩泉が、これからも甘えさせてくれるとでも思っているのかと。
 言おうとした。できなかった。どうしても彼を自分から突き放すことができない。甘ったれてるのは自分の方だな、と岩泉は自嘲する。
「だって、岩ちゃんが女の人と結婚して、俺じゃない人と一緒に暮らすの、やだし」
「……でも、しかたねぇだろ」
「しかたなくないよ。だから、俺が岩ちゃんをもらおうと思ったんだ。……でも、そっか、だめかぁ」
 笑おうとして失敗したみたいに及川の顔が歪んだ。そういう顔をさせたかったわけではない。だけど、応えることもできない。
 いつだって阿吽の呼吸で応えてきたのに、このときばかりは無理だった。それが何故か、悔しくて悲しい。
「まあでも、俺諦めないよ」
「は?」
「だって、岩ちゃん、すっげぇやだって顔じゃないし」
「…………男だぞ? いやだろ」
「男だからこそできることだってあるよ?」
「たとえば?」
「ぐふふ」
「きめぇ!!」
「いった!!」
 殴られた場所をさすりながら、及川は急に静かな声で言った。
「本気、だからね」












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