猫の皮を被って | ナノ



「吊られたのは……クロだね」
 孤爪が携帯の画面を確認してからちらりと黒尾を見る。黒尾はあーーーと声を出しながら部屋一面に敷かれた布団の上に突っ伏した。
「マジなんなの。オレただ喋ってるだけじゃん。村人だって。オレはいつでも村人だって。なんでいっつも最初に殺されんのよ」
「黒尾なんかいろいろ喋ってて怪しいんだもん」
「そーゆーゲームでしょうが!! お前らはもっと喋れ!」
「黒尾さんすみません……」
「リエーフ……しょうがねえからここからお前の真後ろでゲームを鑑賞してやるよ」
「ひいぃ!」
 その後ぴたりとリエーフの後ろにくっついて人狼を鑑賞していた黒尾は、ゲームが終わってみれば結局本当に村人だった。孤爪は、だから言っただろーと文句を言って回る黒尾を一瞥して、また携帯の画面に没頭する。


 学校の宿泊施設(と言っても大層なものではない)に泊まり込んで4日間朝から晩まで練習する恒例の合宿。1年生の時、このイベントのことを聞かされて孤爪は憂鬱になったものだった。そして、2年生になってこの時期が近づいた時ももちろん憂鬱になった。何が好きで学校に泊まりこまなければならないのか。ゲームをする時間が減るとかそういうことよりも、自分の慣れた空間で過ごせないことが、孤爪には苦痛でしょうがなかった。
 大部屋に敷かれた布団の上で、各自が明日の準備をしていると、黒尾が「人狼しよーぜ」などと言い出した。たまに部員が集まるとこのゲームをすることがある。携帯でアプリを落とせと黒尾に言われるがまま専用のアプリを落とした。ゲーム進行を手助けしてくれるものだ。そうして、ここまで2戦終えたが、初心者には難しいのだろう、リエーフなどは予想通り自爆している。
「研磨が人狼の時ってだいたい勝つよなー」
「……相方による。リエーフとか虎だとちょっと、どうしていいかわかんない」
「おいコラ研磨」
「どーゆー意味ですか研磨さぁん!」
「研磨と黒尾が人狼だったら全然勝てる気しないわ」
「それは、」
 夜久の言葉にちらりと黒尾を見ると、
「そりゃなぁ。研磨とならやりやすいわ。でも必ず勝てるってわけでもないだろ。噛み合わない時とかあるしな」
「……そうだね」
 実際その通りだ。幼馴染みで長い付き合いではあるが当然黒尾の考えがすべてわかるわけではない。だいたい、黒尾ならこうするだろうという予想はつくが、そもそも黒尾が孤爪の考えを理解しているとは思わない。
「でも、クロが最初に殺されるんじゃもうどうしようもないよ」
「だからぁ、オレを最初に殺しとく戦法やめようぜ? な?」
「えーっ! だってもし黒尾さんが人狼で勝ったら、してやられた感じでイヤじゃないですか〜!」
「リエーフ、お前先輩にそういう口聞いて明日の練習どうなるか覚えとけよ」
「すみませんごめんなさい!」
「そろそろ寝た方がいいな。明日もあるし」
 海がそう言ったところで、孤爪はほっと息を吐いた。見ると、犬岡などは船をこいでいる。孤爪はいそいそと一番最初に布団に入ると、それぞれが歯を磨いたり布団を整え直したりと支度を整えるのを見ながら、いつの間にか眠ってしまった。


 実際、今回の合宿は相当きつかったのだ。基礎練、体力づくりが重視され、スタミナのない孤爪や犬岡をはじめとする1年生は心身共にぼろぼろだった。リエーフが馬鹿みたいにずっと元気だったのが孤爪には不思議でならない。
人狼をしたのは3日目の夜。4日目は午前練だけで終わるため、幾分楽だ。そのため、人狼を行う余裕もあったのだろう。



 4日間の拘束が解け、げっそりしながらの帰り道。黒尾と並んで道を歩く。11月の終わりと言うともっと寒いような気がしていたが、実際はそれほどではない。せいぜい時折吹く北風がわずかに冷たいくらいだ。
 黒尾と帰るとき、話が弾むかと言うとそうでもない。せいぜいぽつりぽつりと話すか、黒尾の機嫌がいい時は延々と横で喋り続けることもあるが、孤爪が自分から話題を提供することはほぼ皆無と言っていい。
 特に喋りたいこともないし、と言うと、黒尾はさほど気にした様子もなく冷たいねぇ、と呟くだけだ。だから、いつも通り黒尾から話し始める。
「研磨疲れたか?」
「疲れたよ。決まってるじゃん」
「そ。ならいいや。疲れるようにメニュー組んだ甲斐があったわ」
「……最低だね」
「セッターがスタミナつけなきゃどーしよーもないだろ」
「それはそうだけど」
「ただでさえお前は試合後半バテてくんだからよ。頼むぞ、春高」
「…………うん」
 春高で引退する3年生からの頼み。本来なら、先輩を優勝させてあげたい、と思うのだろうか。いや、孤爪にその気持ちがないわけではない。他ならぬ黒尾が言うことは、他の人間が同じことを言うよりもほんの少しだけ孤爪の胸に深く刺さる。しかも、黒尾の言葉は特別製で、刺さった上に何か得体の知れないものを送り込んでくるのだ。
 まるで、病原菌のようだ。対孤爪用に作られた侵入法。けれど孤爪だってそれに対して侵入させない防御システムを構築している。
 二人の会話は、まるで攻防なのだ。
「クロはさ」
「ん?」
 珍しく話を切り出すと、黒尾はそれを何でもないことのように相槌を打つ。その温度に孤爪は、ふっと気をゆるめてしまう。
「このチームで全国行けると思う?」
「ん……直球だな」
 一呼吸置いて、
「まあ、行けても、それまでかもな」
 全国には行ける、というのが答えらしい。
「すごい自信だね」
「それほどでもないけど?」
 だって、と黒尾は胡散臭い笑みをこぼした。ああ、なんか変なこと言う気だ、と直感する。
「オレたちにはお前がいるからな」
「はぁ」
「頼むぞ、音駒の脳!」
 茶化すように笑った黒尾に、間違ってるよ、と抗議する。
「おれがうちのチームの脳で、心臓だったら」
ゆっくりと、声を紡いだ。
「おれが動けなくなったら、音駒は終わる。だけど」
 実際は、と黒尾の方を見上げると、見たこともないような表情で孤爪を見ていた。驚いているような、今にも怒鳴り出しそうな、ただ目はじっと、孤爪を捉えていた。その目から逃れるように下を向き、あとを続ける。
「クロがいるでしょ。うちのチームのモチベーションは、クロが保ってる。ねえ、脳はエネルギーがないと動けないんだよ。それを運ぶのは確かに血液だけど、クロは、」
「今日はよく喋るなぁ、研磨」
 妙な威圧を含んだ声で黒尾は孤爪を呼んだ。全身が泡立つような寒気がした。思わずまた顔を上げて黒尾を見た。
「逆だよ」
 先ほどまでの表情はなかった。何故か、優しく笑っていた。
「逆ってなに」
 本当はその顔はなに、と聞きたかったけれど、無理だった。そこまで踏み込めるほど、自分たちの距離は近くない。
「俺がいなくなっても、まだお前はいるだろ。脳がお前だって、今の代には教えておこうと思ってな」
「そんなの、意味あるの……?」
「お前が1年の時みたいに、頭使えるやつがいるのに試合で生かせないのはもったいねーじゃん」
 別に先輩は嫌いじゃなかったけど、やっぱりそれとこれとは別だろ? と黒尾は肩をすくめる。180も背がある高校生男子がする仕草としてはいささか大仰すぎた。
「だからお前は、お前がいなくなったときのために、ちゃんとお前の後継者をを育てておけよ」
「そういうの、苦手だし」
「ばぁか。お前の頭脳やそれに近いものが毎年受け継がれていくんだとすれば、」
 音駒は毎年全国行けるぞ。
 笑顔で言い放った黒尾の言葉が、孤爪の胸の中で、溶けて、血液に乗って、運ばれていった。
 ほら。
 クロは血液じゃない。もっと重要ななにかなのに。
「クロって……」
 言おうとした。でも黒尾は嬉しそうに孤爪を見ており、そんなニヤけた顔を見ていると、癪に触って本当のことを言ってやるのが嫌になった。
「意地が悪いね」
「あれっ? もっと褒めてくれても良くない?」
 今の流れだったらさ、とじゃれついてくる黒尾はいつものテンションで、だから孤爪もいつものようにうるさい、と一蹴する。
 能ある者は、爪を隠す。黒尾はまさにそれだ。周りに溶け込み、さりげなく周囲を誘導する。親しげな顔で近づいて、いつの間にか自分のペースに追い落とす。
 だから黒尾は普段ヘラヘラしている。音駒を全国へ連れていくという野望を抱き、孤爪を脳に仕立て上げて、烏野も煽ってみせた。すべて自分のため、チームのためだ。
 そんな能を持っているからこそ、無意識に人は黒尾を警戒する。そして、人狼では一番最初に釣られるのだ。











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