エースにしてやる | ナノ



 3年になり、なんと京谷と同じクラスになった。げっ、と思わなかったと言えば嘘になる。率直に言おう。どうしようかと思った。
「よう、京谷」
「…………」
 今日も無視か。正確に言うと無視はされていないけど。あの目つきの悪い視線は確かにこちらをちらりと見た。ただ、返事はしなかった。そう、京谷の矢巾に対する反応はだいたいこんな感じだった。
 今日も朝練に来ていなかったし、それについて咎めようかとも思ったけれど、放課後の部活、あるいは休日の練習は春高以来1度もサボったことはない。それについて尋ねたら、「邪魔な3年がいなくなった。それだけだ」としか返って来なかった。まあでもひとつ言っておくとその邪魔な3年のうちの1人、しかも京谷が一番嫌っていた人物は、かなりの頻度で部活に顔を出していたのだけれど。そこまでつっこむのもなんだかかわいそうでやめてしまった。きっと、春高の試合で思うところがあったのだろう。
 返事が来なかったのが気に食わなかったので、路線を変更する。
「なぁ、今日の数学の課題やってきたか? 頼む、見せて」
「……はぁ?」
 思わず、と言った感じで京谷が反応する。
「てめー、オレがそーゆーめんどくさいことすると思ってんのかよ」
「思ってない」
 あっさりしすぎた矢巾の答えにどんどん眉間のシワが険しくなっていく京谷に、うん、今日はそんなに機嫌が悪くなさそうだな、と矢巾は1人頷いて席に戻った。なんせ50音に並んでいる席順では、京谷と矢巾はかなり遠くにいるからだ。
 去り際、後ろからちっ、と舌打ちが聞こえた。きっと、この離れた距離からわざわざ話しかけに来る矢巾のことをどう捉えていいかわかっていないのだろう。
 実は、矢巾もよくわかっていない。
 自分の学年のエースで、実力も確かな京谷について、下級生にもっと良い印象を持たせたいから、とか。自分たちが言い合いしている時の渡や金田一がおろおろしていて申し訳ないから、とか。そういう理由ももちろんある。
 バレー部の同級生は、近寄りたくないと思っているのかあまり京谷を受け入れようという空気ではない。それどころか、これまで練習に参加していなかったくせに春高で急に選手として入ったことに、不満を持っている者の方が多いだろう。もちろん矢巾もその1人だが、春高の試合を見て、またその後一緒に練習をしていて、ひとつ考え直したことがある。京谷はバレーに対して不真面目なわけでは決してない。実際、矢巾がセッターとして京谷と合わせる時は、言葉は乱暴でもこうしてほしいという要求が明確だ。その方がこちらとしてはやりやすいのだが、喧嘩腰なのが惜しい。練習も、自分の考える方向性と違う時はすぐに文句を言うが(監督が笑顔でブチ切れていたのを初めて見た)、基本的に練習が始まるときちんと参加する。真面目に取り組む。これには、意外という他ない。部活に来なかった間もバレーはしていたというから、そこから考えてもわかることだったのだが、どうしても態度が悪すぎるので損をしているなぁと思う。
 進級して、京谷の教室での様子を初めて見た。きちんと教室にいるのか、そこから疑問だったのだが、思ったよりも普通に授業を受けていた。聞いているかは微妙なところだ。寝ているところもかなり見かける。成績は、よくわからない。課題などは基本やってこない質のようだ。
 思うに、京谷は0か100かでしか自分を表せないのだ。バレーは100。人間関係は0だ。勉強は、おそらく身の入る教科と入らない教科が極端に分かれているのではないだろうか。必要だと思っていないから、労力をゼロにしたいのかもしれない。特に人とのコミュニケーションに関しては。
 そんな京谷にはどうせわからないだろう。毎日懲りずに声をかけてくる矢巾が、ただ、仲良くなりたいとか、そういう気持ちでいるということを。



 昼食を一緒にとった時、渡に言われた。
「矢巾、明らかにウザがられてるのにめげないね」
「んー」
 ウザがられているのは今に始まったことではない。慣れた、と言いたいところだけど、毎回睨まれるのは結構こたえる。それなのに声をかけ続ける自分はドMなのだろうか。
「同じクラスになってからどう?」
「別に、いつもと変わんない」
「やっぱり?」
「京谷は京谷だし」
「だよね」
「健気に声をかけ続ける俺も俺」
「自分で言う?」
「実際のところ、このままじゃやばい」
 渡もきゅっと唇を引き結んでうん、と同意してくれる。
「いくら実力があって試合には出れても、態度があれじゃね……コミュニケーションできないからって監督に外されることがないとは言えないね」
「溝口くんは結構京谷推しなんだよな。プレーはちゃんとしてるし、どっちかってーと溝口くんもちょいワル側だから?」
 怒られるよ、と渡にどつかれる。
「だから、もうちょい何とかしたいんだけどな。岩泉さんみたいに実力で抑えられるやつも今はいないし、正直お手上げだよ」
 4月に入ってまだ半月も経っていないのに、もう万事休すとは、及川たちに合わす顔がない。5月の半ばからは練習試合も組む予定だし、コートには京谷がいてほしかった。及川の代が抜けた後、決定力のあるスパイカーが不足している。
「あいつもスロースターターだし、まさかのスパイカー不足かよ……守備は渡もいるしなんとかなりそうだけど」
「ちょっと、コート全部守れみたいな言い方やめてくれる?」
「できればそうして。まあ、渡が守備のフォーメーション指示してくれるだけで俺はありがたいけど。青城での試合経験は渡が1番だしな」
 矢巾には、及川のようにどんなスパイカーにもすぐに合わせられる技量はない。積み重ねが大切だ。京谷とももっともっとコンビ練を行わなければならないし、金田一をはじめとする1年生たちとも、もっと合わせていかなければ。
「まぁまだ4月だよ。練習試合始まってからが勝負ってとこもあるしね。それに、新入生にも上手い子いるじゃん」
「そうだな。そういえばあの北一出身のやつが……」
 去年も、一昨年も、主将、副主将はこんなふうに話をしただろうか。1人ではやっていけない。それはどんなに力を持ったプレーヤーでも一緒だ。それがチーム競技のいいところで、きっと京谷にとっては苦いところなのだろう。



「京谷!」
「……あ?」
 放課後、席を立って真っ直ぐに部室に向かおうとする京谷を、矢巾は大声で呼び止める。
「お前、今日提出の進路予備調査出してないだろ! 俺先生に京谷の回収して来いって何故か頼まれたんだよ! 今すぐ書け!」
「めんどくせー」
「お前、バレーやりたくないのかよ! 素行が問題になったら部にも影響するだろ」
「ちっ、あんな部がどうなったって知ったことじゃねぇ」
 言いながらも踵を返した京谷は、調査票に就職と書きなぐり、矢巾に押しつけた。
「……京谷、就職すんだ」
「勉強なんかやってらんねーだろ」
「家継ぐとか?」
「酒屋」
「へぇ、そうなんだ。初めて知ったわ」
「お前に言う必要ねーだろ」
 荷物を背負い直して歩き出す。自分が特別嫌われているわけでは無いと思っていても、拒絶する言葉と態度には毎回心を抉られる。もうやめちゃえよ、京谷なんか無視しよう。仲の良い同級生と、バレーをしていこう。そう思うのに、矢巾の中の「青城のバレー」がそれを許さない。使えるものは使う。勝つために。
 教室入口付近、出ていこうとする京谷の肩に手をかける。筋肉が程よくついたしなやかな肩を引いて、ぐい、と振り向かせた。京谷の目は見開いて、矢巾の顔を真っ直ぐに見つめていた。何すんだよ、とでも言いたげな、荒々しい眼差し。
「京谷」
 呼びかけに、舌打ちが返る。いつものことなのに、もう許せなかった。怒りに任せて横にある教室のドアを蹴り飛ばした。物凄い音がして、廊下にいた女子生徒が悲鳴を上げる。京谷はぴくりともしない。
「いい気になんなよ。バレーしたいならしたいって言えよ。させてください、でもいいぞ。この先それでやっていけると思ったら大間違いだ。俺はスタメン外される気なんてないし、お前は俺のトスでしかスパイクを打てないんだぞ。仲良くしておいて損はないだろうが。俺自身はいくらお前の態度が悪かろうがバレーでは手を抜かねぇ。お前が望むようにトスを上げてやる。でもな、部に支障が出るような行動や態度を取るようならお前なんかいらねぇんだよ」
 一息に言って、矢巾は京谷の肩から手を離す。ぽかん、と一瞬だけ、京谷は鳩が豆鉄砲を食らったような間抜けな顔をした。その後、ぶはっ、と破顔した。破顔だ。笑い出したのだ、あの京谷が。今度は矢巾がぽかんとする番だった。
「やっぱ、お前、その方がいいわ」
「は?」
「猫かぶってるやつは好きじゃねえ。仲良しごっこなんか真っ平だ。でも……まあ、お前とは……付き合ってやるよ、仕方なく」
「えっらそうに……お前……!!」
「おい、早くそれ持っていけよ。部活行くんだろ」
「お前の調査票だろうが! もうお前が持ってけよ!!」
 廊下でもみ合いながら調査票を押しつけあっていると、渡が廊下の向こうからあたたかい微笑みを向けていることにどちらからともなく気づいた。いたたまれなくなったため2人で職員室に行き、無事に調査票を提出した。提出時、担任に「お前ら仲良かったんだな!」と笑顔で言われた時はいらっとしたが、横を見ると京谷も負けず劣らず酷い顔をしていたので逆に冷静になってしまった。
 部室へ向かう途中、矢巾は思わずため息を吐いた。何故こんなことになったのだろうと。
「お前は、バレーのためとか言うけどな」
「あ?」
「俺はできればお前と普通に仲良くなりたいと思ってんだよ」
「……キモッ」
「なぁ喧嘩売ってんだろ? そういうところほんとよくないわー! 前言撤回だわー!」
 盛大な舌打ちをいただいたので真似して舌打ちを返した。
「お前、変なやつだな」
「なんなの? お前は息をするように喧嘩売ってくるのな? 殴りたいわほんと」
「殴ってみろよ」
「はああぁ? 俺一応主将だし誰かさんと違ってそんな軽率なことして部に迷惑かけたりしないし」
「いつオレがそんなことした」
「誰も京谷のこととは言ってませ〜ん」
「てめぇ……」
 部室への階段を上りながら、後ろの京谷を見下ろす。悪くない眺めだ。ただ、見下ろしていても京谷の迫力は凄い。ああ、このスパイカーを思うように使えたら、と矢巾はうずうずした。そう。春高の時から思っていた。京谷を、自分のトスで飛ばしてみたい。及川のようには行かなくとも。使えるようになってみせる。
「お前を青城のエースにしてやる」
「随分上から目線じゃねーか」
 京谷は上等だ、と獣のように低い声で、静かに言った。闘争心を剥き出しにして。
「なら、お前を全国一のセッターにしてやるよ」
 京谷、それ、素直に嬉しいわ。嬉しいだけだわ。
 言えずに笑っていると、階段の下から国見と金田一が不思議そうに挨拶してきた。
「何してるんですか、京谷さん、矢巾さん」
「なんでもない、今日から京谷が本気出すって話」
「ふざけんな」
「えっあれで本気じゃなかったんですか! 凄いですね!!」
「……金田一それ喧嘩売ってない?」
「えっ」
 笑いをこらえて、矢巾は階段を上りきって振り向いた。
「行こうぜ、全国」










人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -