好きだからだよ2 | ナノ




 愛とは与えるものである、とは誰の言葉だったか。
 社会人になり数年経つ。大学生の時に付き合い始めた及川とは、これを機会にとばかりに同棲することになった。これが最初は本当に大変だった。二人とも慣れない仕事でくたくたになって帰ってくる。食事を作ってくれる人などいない。最初はどうにかこうにか交代制にしていたが、次第にインスタント食品や弁当に頼るようになった。すると、及川は目に見えて体調を崩しやすくなった。勤務時間だけ見ると及川の方が上だった。残業が多いと愚痴をこぼして、ぐずぐずと泣いて、はたらきたくないーと喚いていたのは、確か久々に二人で飲んだ日だ。これは一刻も早くどうにかせねばと仕事に早く慣れるように気合を入れた。定時で退社した後にスーパーに寄り、なるべく食材を買うようにした。そうして、夕飯だけでもしっかりした食事を取ることにしたのだ。さすがに弁当を作る余裕などはない。そうして、及川がめそめそ泣き言を言いながら食卓につき、おいしいおいしいと言いながらかきこむように食べるのを見て、岩泉は安心したものだ。正直に言って、何故自分も働いているのに及川の愚痴ばかり聞いて、飯も作ってやらにゃあかんのだと思ったこともあるし、今もちょっとは思っている。しかし、及川が「岩ちゃんのごはんおいしーよ」などと半泣きで言うのを見ると、単純だとは思うのだが、作ってやらねばと使命感が溢れてくるのだった。例えそれがインスタント食品や出来合いの弁当と比べられての「おいしい」でもなんでも構わなかった。


 ある日、同僚の女子が「あの店のプリンが超美味しくて……」という話をしているのを聞いた。「今芸能人の間でも手土産として流行ってるんだって」などと聞いて、そういえばこの前の休みに見ていたテレビでプリンが紹介されていて、及川が「超美味しそうじゃない!?」などと言っていた気がする。同じ店かは知らないが、帰り道を少し逸れたところにある。寄っていくくらいわけもないだろう。今日は昨日買った食材でどうにかなるだろうから、買い物も必要ない。
 及川がプリンに反応していたということは、少なくとも嫌いではないだろう。岩泉は店名すら読めないスイーツ店で、プリンを二つ買ったのだった。



 営業先で、というかかなり昔から持ちつ持たれつでお世話になっているという会社へ、岩泉が挨拶に行くことになった。代々、安心して任せられる若手に担当させる相手方だと聞いて、素直に嬉しく感じるとともに、そんなに気難しい相手なのだろうかと身構えていた。しかし、挨拶に行くとイメージは一変した。相手も若手への引継ぎだということで、同世代の男性と引き合わせられたのだ。挨拶は滞り無く済んだのでほっとしたのはさておき。その会社の応接間で、何故かお茶菓子が出てきたのだ。首を傾げていると、
「この近所にあるお茶菓子のお店なんです。特別なお客様にはお出ししているんです。まあ遠慮せずに食べてください」
 と言われ、食べてみると、とても上品な味がした。甘いものが得意という訳ではない岩泉でも美味しいと思うのだから、本物だろう。気づくと、岩泉は店の場所を訪ねていた。及川に食べさせてやりたいと思ったのだ。果たして和菓子は好きだっただろうか。嫌いであれば、さりげなく下げればいい。食べられるならば、お茶でも入れて、ゆっくり話でもしよう。



 3度目に買っていこうと思ったのは、タルトだった。庶民的なスーパーではなく、輸入品や自然食品が並ぶ高級スーパーに置いてあった、なんてことはないケーキの中の一つだ。買っていこうかな、と悩む。及川はタルトは嫌いではないはずだ。そうやってわくわくしている自分を自覚すると、はたと岩泉は伸ばしかけた手を止めた。
 これは、自己満足だ。
 相手が好きかどうかもわからない、欲しいかどうかもわからない。今日は気分で食べたくならないかもしれない。そんなものを、自分の勝手で食べて欲しくて買って帰る。なんという、押しつけだ。
 ため息が出た。
 及川が美味しそうにタルトを食べている姿が浮かんだから、結局買ってしまったが、自分の中の身勝手な感情に、すっかり気落ちしてしまっていた。
 その後は、そんな勝手な岩泉を叱りつけるかのような展開になった。及川はそのタルトを食べなかった。忙しくて食べられなかったのだ。その残ったもう一つのタルトを口にしながら、ああ、ひとりで食べるケーキのなんと美味しくないことか、と岩泉は心の中で嘆いた。もう重症だなぁと自分を嘲笑った。岩泉が勝手に食べて欲しいと思って買っていた甘味にはもう一つ意味があった。及川と一緒に、食卓で、美味しいものを食べながら、くだらない話をする。その時間が、少しでも多く欲しかっただなんて。誰がそんな馬鹿げたことを考えるだろう。言えるだろう。
(絶対に、言えねぇわ、こんなこと)
 口の中で、タルトのサクサクとした生地がないている。



 その感情を煙たく思いながらも、やはり及川に甘味を買っていくことはやめられなかった。なんだかんだ言って及川はだいたいのものを美味しいと言って食べてくれるし、それが嬉しかったのだ。もちろん、自分が作った食事を食べて感想を言ってくれるのもそれに勝る嬉しさだけれど。食後にデザートがあるのも、悪くなかった。及川はしばらく不思議がっていた。なんで最近買ってくるの? と聞かれれば、別に、とか気分、とかたまたま、とか、自分の感情を微塵も出さないように気を遣った。自分の下心である気がして、気持ちを晒すのは恥ずかしかった。




 そんなある日のことだ。
「ただいま〜、じゃーん!」
「おう、おかえり……ってなんだそれ?」
 及川は箱を食卓に置いた。
「えっへん。いつも岩ちゃんがなんか買ってくれるから、及川さんも買おうと思って」
「え……」
「っていうのはごめん、後付けの理由なんだけど」
 うへへ、と眉を下げて及川は頭をかいた。
「職場で貰ったクッキーが美味しくてさぁ。お店聞いて買ってきちゃった。是非岩ちゃんと食べたいと思ったんだよねぇ、36枚入りだから、まあゆっくり食べよ」
「お前……」
 岩泉は言葉を失う。少し泣いてしまいそうになった。
「36枚って、馬鹿じゃねえの……そんな食えっかよ」
「美味しいからあっという間だって! 岩ちゃんも気に入ってくれればいいな〜どうだろ」
「この……クズ川」
「酷いな! 自分も色々買ってきてたじゃん!!」
「俺は……その……」
 岩泉はクッキーの箱に目を落として、決して及川の方を向かずに心の中で言った。


(ようするに……全部……お前のことが好きだからだよ)







text





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -