09綱誕
「綱吉っ!」
ぶごっというはしたない音をたて、沢田は噎せた。
胸を思いきり叩き、詰まっていた物を食道へ無理矢理流し込んでから、原因を作った人の方へ顔を向けた。
「何ですか、ヒバリさん。そんなに慌てて」
第一そこ窓です。二階の。あなたどうやって登ってきたんですか。最早人間じゃないですよとぐちぐち言われても雲雀にとってただの雑音としての効果しかない。
とりあえず沢田は食べ掛けのポテトチップスを死ぬ気で食べ終え、食べかすを叩くために立ち上がった。
服を持ち上げ窓の所でパタパタと服を叩きカスを落とす。
それをただ見ているだけだった雲雀はふいに沢田の腕を掴んだ。
「何するんですか」
むう、と可愛らしく膨れて(いるように見えたのだ。雲雀ビジョンでは)上目遣いで彼を見る。
雲雀は暫く腕を掴んでいるだけだったが、突然沢田を抱き抱え窓から飛び降りた。
「わあ!何やってんですかあんた!俺死んじゃうよ」と喚く彼を無視し、地上に降り立ってスタスタと歩く。いくら軽くて細い彼でも抱えて地面に降りたらその重さで足に痛みが走る。
けれど雲雀にはそんなのに構っている暇はない。
「あの」
「何」沢田は急にボンッと音が出るくらい赤くなり口を餌を欲しがる魚の如くパクパクさせる。
「おっ降ろしてください!」
先程からずっと抱き抱えられたままなのだ。今まで人に会わなかったのは奇跡に近い。
いつ知り合いに会うかわからない中、この体勢で彼に歩かれると死んだ方がましな位恥ずかしくなる。
雲雀は滅多に見せない笑顔でただ一言。「嫌だ」
沢田の願いは聞き入られなかった。
畜生何て爽やかな笑顔なんだ。何か悔しい。よくわからないけど負けたと沢田が余りにも煩くて。
「煩い」
黙ってて。
そう言うと思いっきり顔を近付けて彼の口を塞ぐ。
暫くそのままにしていると息が持たなくなったのか雲雀の胸を小突くので離してやった。
「ぷはっ、げほっ」し、死ぬところだったじゃないですか!あんた何してんだ!そう喚く彼に「これ以上騒ぐとまたやるよ」と言って黙らせ、歩き続ける。
どこに行くのか聞きたかったがさっきのように為りかねないと口をつぐんだ。とにかく早く着いてくれ。
今はもう願うことしかなかった。
「あの、雲雀さん、まだ」
「あとちょっと」
先程から「目を瞑れ」と言われビクビクしながら目を閉じているので不安でしょうがない。
雲雀が歩く度に揺れる腕も秋ならではの心地よい風も。彼が今どこに向かっているのか教えてくれることはない。
「着いたよ」
暫くして雲雀が立ち上がり静かに沢田をおろす。下ろされても健気に目を瞑っている彼に笑って「もう開けていいよ」と言って沢田が恐る恐る目を開けると目の前には見慣れた建物が立っていた。
「これって」
五年前と全く姿を変えていないそれは暖かく沢田を迎え入れる。
「うん。僕の家」
思わずゴクンと喉を鳴らしてしまった。五年前のあの日以来行ったことのない雲雀の家。
懐かしいとも違う別の感情が沢田にまとわりつく。
雲雀に早く、とせかされてドアの中へ入っていった。
「わあっ。何にも変わってないんですね」
「うん。まあ帰ってきてから一ヶ月しか経ってないし」
見るとあちこちに段ボールの箱が置かれている。
あ、と小さく声を漏らし、沢田は雲雀の方へ向く。
自然と向き合う形になり指を絡ませあう。
「もう、5ヶ月も経ったんですね」
あの日から。
雲雀はうん、という代わりか額同士をくっ付ける。
繋げていた手を自分の方へ持っていき腰へ回す。
沢田は今更ながら涙が溢れてくる。
「お帰りなさい」
涙が、止まらない。そう涙を流しながらいう彼の顔を隠すかのように自分の胸へ埋めさせる。
ふわふわとはねた髪にそっと触れる。
沢田独特の匂いがした。
ずっと独り占めにしたかった匂いが。
「ただいま」
嗚呼本当に雲雀さんは帰ってきたのだと改めて思う。
彼は帰ってきてくれたのだ。
五年前の約束を守り、今年の5月5日、雲雀の誕生日に無事再会した二人だが、雲雀は沢田に会うためだけに公園を訪れたのであってまだ正式にこちらに戻ってきたわけではなかった。
けれどわざわざ自分に会いに来てくれた、ということだけで沢田は十分だった。その時雲雀は引っ越したら必ず迎えに行く、という今からすれば赤面物のプロポーズ紛いなことを言って帰っていったのだ。
それから5ヶ月も経ったのか。正直昨日のことのようなきがする。
そして、一ヶ月程前の九月、1つ上の学年として沢田の通う並盛中に雲雀が転入してきたが、お互い忙しく(特に雲雀は僅か二週間で学校を手中におさめたというのだから、忙しいどころではなかったと思われる)中々私生活はおろか、学校でも会うことがなかったのだから皮肉なものだ。
そんな中、学校生活が一段落したのか雲雀が冒頭のように沢田を迎えにきたのである。
5ヶ月振りに感じる彼のぬくもりを沢田は堪能していた。
「本当恥ずかしいですよ、見てて」
「骸!」
クフフ、とエプロンをつけて、台所からひょいと顔を出す。相変わらず残念な後頭部を揺らし、1つに束ねた髪を腰までたらして。
沢田はどうやって手入れしているのかいつも気になっていた。しかし今はそんなことはどうでもいい。
「やっとくっついたかと思えば……。そういうのはプライベートでやって下さい」
「ここ僕の家だから」
「見せつけてるんですか」
「変態南国果実は引っ込んでろ」
……なんだか話が噛み合っていない気がするのは気のせいか。
5年経っても相変わらずな二人の会話に沢田は自然と笑みがこぼれる。
「骸」
何ですか綱吉くん。
目を輝かせてこちらを見る癖も相変わらずだ。
「久しぶり」
少し照れぎみに言えば、何をいまさら、と拍子抜けされた。
「そういえば骸、何でエプロンしているんだ?」
「ああこれですか」
とエプロンのすそをつまみ、持ち上げる。凄いエプロンの色のせいで(ショッキングピンク)新妻に見えるということは黙っておこう。
「秘密です。まあその内わかりますから」
にこっと笑い、さま続きをしましょうかと台所へ引っ込んでいった。
ずっと側にいるのに骸と喋っている間、放ったらかしにしていた雲雀の機嫌がすこぶる悪い気がするのは気のせいじゃない気がする。
おそるおそる彼の顔を見ると、無表情で骸がいなくなった方向を見ている。何だかこわい。
「あの……」
「何?」
すみません、と言おうとして口を開きかけるが、閉じる。
何か謝ると自分が悪いことをしたみたいじゃないか。謝った方が余計に彼の機嫌が悪くなると思われる。
暫く口を閉じていた。先に沈黙を破ったのは雲雀の方だった。
「今日泊まるから」
「誰が?」
「君が」
「どこで?」
「ここに決まっているじゃないか」
えええ、と顔を手で隠す。あつい。焼け死ぬかもしれないというくらいあつい。
「な、なんで」
「君の親にはちゃんといってあるから」
人の話を最後まで聞いてほしい。
もう決定事項だから、といってのける彼をどうして好きになってしまったんだろう。
これから苦労する気がする。でも俺はこの人だから好きになった。
会えなかった5年分の溝を少しずつ埋めていきたい。

(明日になったら真っ先に君に言おう)

HappyBirthday!

〈end〉

2009.11.24
2012.01.18 加筆修正
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