イリュージョン
ふるりと長い睫毛が震え瞳が開かれる。
瞳孔の大きさを調節しなんとか暗闇に目をならす。
辺りは静かで僅かな音でさえ出すのを憚れる。そんな中まだ夢の中の彼を此方の世界へ引き戻さないように注意深く自分の体を覆っていた布団から這い出た。
自分達を静かに光の中に入れてくれた夜の住人に挨拶しようとカーテンの裾を掴み横へ引くと綺麗な夜空が彼を迎え入れる。
ついこの間まで『今』を救うために『過去』から『未来』へ来た自分達が壮絶な戦いをしていたなんて嘘かと思えるくらい幻想的な空だ。
カラカラと軽い音をたてて窓を開けば彼を待っていたかのような心地よい風が彼の癖のある髪の隙間から吹き抜けていく。
気持ちが良すぎて自分のことを省みず夜風にあたっていると当然表皮の温度は下がっていく。
くしゅん、と不意をついて口からこぼれ出たくしゃみを聞いたのか、ふわりと肩に何か暖かい物が覆い被さる。
彼は何事かと後ろを振り向き途端に顔の筋肉を綻ばした。
「起こしちゃいましたか」
「いや」
君が起きてからだ、とその男は低く静かに言った。
まるでこの神々しい情景を崩したくないかのように。
眠り主がいなくなってしまった布団はすっかり冷たくなってしまってた。
「もう少し、この景色を見ていて良いですか」
彼の僅かに茶色い瞳が男に向けられた。
「何でそんなの僕に聞くんだ」
一瞬俯いて彼はぼそりと呟いた。
「出来れば雲雀さんと二人で」
一瞬想像していた答えと違い雲雀は軽く面食らう。
そんな彼に構わず、否気付かず彼は話続ける。
「こんな綺麗な景色雲雀さんと二人できっと何度も見てたんでしょうけど、『綺麗だ』と思えたのは今日が初めてなので、」
出来ればこの気持ちを共有したいな、とか。あ、雲雀さん疲れてるのに俺変なことを言って……やっぱり気にしないで下さい
一人で話し出し一人で納得しようとしている様が余りにも普段のダメダメな彼らしくて笑みが溢れる。
先程まで月明かりに照らされてとても神聖で自分には手の届かない存在のように見えた彼だが、やはり沢田は沢田であった。
「僕もも見ていいかな」
「何で俺に聞くんですか」
ぽかんと口を開けてこちらを見ている彼を自分の中に閉じ込めて、
「さあ」
と耳元で囁いた。

「幸せです、俺」
先程の囁きによる恥ずかしさからなのか耳を真っ赤にさせながらぽつりと言葉を紡いだ。
「人間幸せではないときは自分のことで精一杯だと思うんです。幸せだからこそ自分以外のことに目を向けられるような気がするんですけど」
どうでしょうか、と少し黙って沢田は雲雀の方へ顔を向ける。雲雀は首を僅かに動かしてその先を促した。
「だから俺、これから雲雀さんの知らなかった部分を知ることが出来ると思うんです」
だって俺今物凄く幸せだから。
語尾を小さくさせながら、しかし雲雀の耳までしっかり届いたこの言葉は彼の体の中を駆け巡る。
「……そうかもな」
まあダメツナならではというか。
「あ、酷い雲雀さん」
ぷぅと河豚のように膨れた頬に人差し指をそっと当てるとしゅるると勢いをなくしてしぼんでいった。
「俺はこれからは雲雀さんが側にいるだけで幸せですから」
勿論今までも。
そう断言する彼にかける上手い言葉がなく雲雀はただ彼を拘束している腕の力を強めるしか成す術はなかった。彼が痛いと言うまで。

そんな二人の行く先を祝福しているかのように月はいつまでも窓から差し込み二人の影を作り出していた。



〈end〉

2010.04.04

何が書きたかったのか本人ですらよくわからない。
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