学ランに口づけ
沢田には一部の記憶が欠落している。
日常には支障はないのだが、ある日気が付くと病院のベッドに寝ていたのだ。家を出たところまでは覚えているが、何故自分が病院にいるのかわからなかった。
それから一年が経ったが、無くしたそれの手掛かりは全く掴めない。リボーンは自分でどうにかしなければならないとしか言わない。何か知ってるのは間違いないが教えてくれる気は無さそうだ。
そしてもう一つ失っている記憶がある。それがどうやら目の前の彼に関する事らしいが何故彼の事だけ覚えていないのか沢田にはわからない。

「何でそんなに怪我しているんですか」
リボーンに、会わせたい奴がいると言って連れてこられた人がこの人だ。松葉杖をついていて、今は壁に寄りかかっているので松葉杖は端に立て掛けてある。

この人の名は雲雀恭弥と言うらしい。
彼の話ぶりからすると沢田と彼は知り合いらしいが、皆目検討もつかない。

「別に」
そこまで興味がある事でもなかったので沢田はそのまま流した。

「すみません。俺貴方と前どこかで会いましたっけ」
雲雀は暫く黙った。
「さあ」
「そうですか」

心臓が少し悲鳴をあげたが、気のせいにすることにした。

「何かリボーンがそろそろだとかいってたんですけど、何か知ってるんですか」「知らない方がいい」
何故知らない方がいいのか。
「あ」
一人言のように呟いた彼の視線の先を追うと一面銀世界であった。
「雪……が」
沢田はフッと目を見開いた。

今までぽっかりと空いていた記憶の穴に流れ込んでくるそれ。沢田が見たくてたまらなくて最も見たくないものが。



それはこんな寒い冬のことだった。
「寒いですね」
「そうだね」
沢田はふうと息をはいて白くなりましたとはしゃぐ。
雲雀はそれを見て目を細める。
「雪も降ってきましたし」
「滑らないでよ」
「大丈夫ですよ…っうわっ」
ツルッと滑って尻餅をついた沢田に手を伸ばす。
道路は少量の雪で滑りやすくなっている。
沢田が差し出されたその手を掴んだ瞬間、キキキと嫌な金属音が響く。
見るとこちらにトラックが近づいていた。
「沢田っ」
一瞬の出来事で気がつけば投げられた、気がした。
危ないと思った時にはグワシャと鈍い音がしてトラックはブロック壁に激突してブロックもろともぐちゃぐちゃになっていた。
沢田は僅かに尻餅をついただけで済んだ。
沢田は僅かに身震いをし、手を見るが、繋がれているはずの彼の手はなく、ただ冷たい自分の手があるだけだ。
沢田は今まで繋がれていた手が離れているのに気付き、きっと自分と反対側に避けたのだと雲雀に押された時に捻ったであろう足を引き摺りトラックの向こう側へ歩く。
いない。
彼はどこに行ってしまったのか。
嫌な予感がする。
嘘だといってほしい。心臓はうるさく叫び、肩は呼吸にあわせて上下する。
恐る恐るトラックとブロック壁の側によるとダランと垂れ下がった腕が見える。その腕を伝うように液体は流れ、下を見ると積もった雪が赤く染まっている。
腕を持ち上げる。冷たい。まるで壊れた人形みたいだ。沢田は自分の手が汚れることを気にすることなく腕の感触を確かめる。
「雲雀さん…?」
返事はない。沢田から見える肌色の腕だけが人間の存在を主張している。
「雲雀さん」
嘘だと言ってほしい。
少し離れたところに黒い服がトラックからはみ出てハタハタと揺れている。
それは沢田に現実を突き付けるには充分のもの。雲雀の。
「学ラン…」
迷わず黒い服を引きちぎって肌触りを確かめる。
間違いない。いつも触っていたのだから。
もう逃げられない。
彼方此方から幻聴が聞こえる。
『お前のせいで奴は』
『お前があの時滑らなければ彼は』
「違うっ。雲雀さんは死んでなんか」

グッと首を絞められたような気がする。頭が割れるように痛い。苦しい。
出来るものならこのまま死にたい。

自分のせいで彼は死んだのだ。
自分が殺したのだ。あの時俺が転ばなければこうはならなかった。
お願い誰か嘘だと。
そこで沢田の意識はフェードアウトした。

そして気が付くと病院のベッドに寝ていて彼のことも何が起きたのかも忘れていた。
沢田は逃げていたのだ。
自分のしたことの余りの重さに目をそらし続けていた。
愛する人のことを忘れることとの引き換えに。

沢田はフウとため息一つ吐きゆっくり息を吸う。嫌な汗がべっとりと髪を首に張り付ける。全ての歯車が重なった今、やるべきことはただ一つだった。
「俺は雲雀さんを殺した」
「雲雀さんは生きている訳がない」
「愚問だね」

雲雀は眉を潜めながら言う。この子は本当に馬鹿だ。
「『僕』が『僕』でなかったら一体『僕』は何なの?」
「、それは」
言葉に詰まった。幽霊?怨霊?そんなに彼は簡単なものではない。第一、今の彼の体は温かい。しかし確かにあの腕は冷たかった。
「君はあの時僕が死んだと思い込んだ」
「確かに死んだんです!腕と学ランがっ……」
「だけど君は死に顔は見てないだろ」
確かに見てはいない。逃げたかったのだ。認めるのが怖くて記憶まで失っていたのだから当然だ。
「あの時大怪我でも生きていたとしたら」
雲雀は話続ける。
「僕がここにいてもおかしくはない」
「でも」
どうみても瀕死状態だったのだ。ここまで回復するのだって奇跡に近いだろう。
彼が寄りかかっている壁に立て掛けてある松葉づえが痛々しい。
「君の過去の憶測による記憶と今実際に目の前で起きているある現実どちらを信じるの」
そんなの決まっている。だけど認めたら自分の罪を軽くしているようでそんな自分が嫌になる。
「君の前で死んだなんて情けなくてありゃしないよ」
「……」
「だから、蘇ってきたのさ」
「、さん」
「君の記憶を取り戻すためにもね」
「雲雀さんっ」
おいで、と広げられた腕の中にそっと飛び込み雲雀の負担にならないように彼の背中に腕を回した。自分の罪がどうというより今はただ彼が生きているという事実を確かめたかったのだ。
(温かい)
そっと目から涙を一筋流す。そんな沢田の手にはあの時引きちぎった学ランの一部が握られていた。
現実から逃げた沢田の罪。彼を庇って何も言わずに今まで消えていた雲雀の罪。
それは一生消えることはないが、もしかしたらそれは二人を引き寄せた運命の糸なのかもしれない。

〈end〉

(ぽてとさんに捧ぐ)

2010.06.29

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