予想外迷宮




ただの嫉妬だなんてことは、初めから分かりきっている。


「ね、虎ちゃん。明日お買い物付き合って」

「恥ずかしいからいい加減その呼び名止めろって」


アポロンメディア事務所の一室。
ふと視線を上げれば、功績はともかく自分の先輩にあたるおじさんと、その彼に背後から抱き付く精神的幼さの残る女性。


「良いじゃない。だって虎ちゃんは虎ちゃんだもの」

「アラフォーおじさんにちゃん付けなんて気色悪ぃだろーが!」

「えー、そんなことないよ。可愛いって!」


おじさんをおじちゃんって言うのと一緒だって。
理屈とも呼べない屁理屈に虎徹ははぁ、と溜め息を吐く。


「…バニー、お前も何とか言ってくれよ」

「…、…良いんじゃないですか?おじちゃん、でも。生憎僕には無関係ですから。それと、言っておきますが僕はバーナビーです、おじさん」

「バニーちゃん、相変わらず俺に冷たい…」

「ほら、バーナビー君もこう言ってるんだし、ね?虎ちゃん」


まさか話を振られるなんて思っていなくて、内心慌てて言葉を繕ったせいで不自然に間が空いてしまった。
しかし視界上の二人は何一つ気付かず会話を繋ぐ。

それが僕にとってどんなに腹立たしいことか、なんて二人は気付きもしないんでしょうね。


「じゃ虎ちゃん、明日ね!」

「あ、オイ!リオ!」

「未亡人の癖に良いご身分ですね」

「バニーちゃん、お前それ誤解……って人の話は最後まで聞けよ!」


人の話を聞かない相棒と義妹に呆れながら、本日2度目の溜め息を吐いてはガシガシと痒くもない後頭部を掻いた。




「ほら虎ちゃん、これ楓ちゃんに似合いそう!」

「何言ってんだ。楓にはこっちのが似合うだろ」

「えー、絶対こっちだってば」


ショーケースに飾られた服を眺め歩きつつ、虎徹の愛娘である楓の服を選んで小一時間。
これと決めたまま両者一歩も譲らず結局両方ともお買い上げ。買ってしまったのだから、と結論してしまえばそれまでなのにどうも腑に落ちない顔をしている。


「絶対こっちのピンクが可愛いってば」

「楓には緑のが似合うんだよ」

「むー…仕方ない」

「やっと譲歩する気になったか?」

「譲歩は年長者がするものよ。ね、お義兄さん?」


彼女によく似た顔で全く違う笑顔を見せるリオに、左薬指がつきり、と疼く。
「姉妹なのだから」と思う自分と、「全くの別人」と感じる自分が内で拮抗する。
眼前の彼女を見る度に起こるそれは、未だ失せる兆候は無い。


「まあ、優しい叔母さんからのプレゼントってことで。ちゃんと渡しておいてね」

「へーへー。渡しておきますよ…えーと、あれだ。あれな感じの叔母さん」

「善良で聡明で秀麗な感じで」

「確かにそんな感じだけどな…。お前それ自分で言ってて恥ずかしくねぇの?」

「本当のことだもーん」


二十代後半である筈なのにそう見えないのは彼女の生活の仕方に由来するのかは、誰も知らない訳で。


「…ったく、そんなんじゃいつまで経っても嫁の貰い手が出来ねぇぞ」

「私は一途な女だから要らないわ」


一途。
果たしてその想いのベクトルは誰に向かっているのか。


―――自分でないことは、分かりきっている。好きだと言ってはいけないことも、端から分かりきっている。


それでも、我慢の利かない自分がいるのもまた事実。
だから、いっそのこと―――




「バーナビー君!?…痛いよっ」


恐らく虎徹に会いに来たであろうリオを、抵抗に構うことなく無理矢理事務所に引っ張り込む。


「バーナビー、くん…?」


どうも様子がおかしいバーナビーに不可思議、と首を傾げる。


「何故…何故おじさんなんです?」

「は、話が見えて来ないのだけれど…」

「あの人は未亡人で子持ちでおじさんで、その上がさつで暑苦しくて鬱陶しくて…欠点を挙げれば限が無い。なのに、貴女は…」

「た、確かに虎ちゃんはずぼらで無神経でめんどくさがりで馬鹿みたいに鈍感だけど、他人の為に危険を省みないあの人だからこそ、惹かれるものがあるの。でもね、私は」




「…お、ってまたリオかよ。あいつも暇だよな…」


今日もこれからそちらへ向かいます!の一文さえもがめんどくさく思えた。
リオの口から出るのは大抵は相棒の話。好きなら告白しろ、と言ったのだが。


「どうして僕じゃないんですか!?」


廊下にまで響き渡る怒鳴り声。
何だ何だと野次馬精神で発声現場まで急いでみれば、


「若者は元気で良いな」

「おじさんは黙ってて下さい。大体貴方が居なければ、」

「俺が居なけりゃ、なぁ…。そいつ、四六時中お前の話しかしなかったって言ったらどうする?」

「ちょ、虎ちゃん!?そんなこといきなり暴露しないでよ!恥ずかしい!」


視線をずらせば耳まで真っ赤にして俯くリオの顔。どうやら虎徹の話は本当らしい。


「ほら、これで両想いだろ。んじゃ、邪魔者は退散すっから」


去り際にバーナビーとリオの頭をポンポンと叩く。
自動ドアが再び廊下と事務所を遮断する。事務所には羞恥に茹だる二人の男女。

先に口を開くは。


「こんなことになるなら、ちゃんと化粧しとくんだった」


End.
11/07/21
▽おまけ

「今のままでもお綺麗ですよ。まずはちゃん付けから始めましょうか」

「え、と…バニー、ちゃん…?」

「すみません。ちょっとおじさんを殴ってきますね」

「ごごごめんなさいっ…!やっぱりバニーちゃんは嫌よねそうよね、違うの考えるから虎ちゃん殴りに行かないで!」

「必死になるリオさんも可愛いですが、その理由がおじさんなのに腸煮えくり返りましたのでやっぱりおじさんを殴ってすっきりしてきます」

「暴力反対ーっ!」


▽後書き
おじさん、逃げてェー。
嫉妬に燃えるバニーちゃんを書きたかっただけです。復讐に燃えるバニーちゃんも良いけど嫉妬に燃えるのも良いな、と。
きっとそれ以外の理由なんて無いんじゃないかなっ。俺得を目指した結果がこれです(何
ていうか兎にしても虎にしても誰これ。

やっぱりおじさんは不憫ね。




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