「ごめんねゆうま。今日は時間がなくて…」
「いいよ母さん。ほら早く仕事行けって。」
「え、ええそうね。そのお金で何か買って食べるのよ?」


母さんは夜働いてる。
仕事?近所のばばあ達が「フウゾク」ってヒソヒソ話しているのを聞いたことはあるけど、それがどんな仕事なのかは知らない。
でも母さんは毎日疲れた顔をしているから大変な仕事なんだとおもう。
だらしねー親父のぶんまで頑張ってくれてる母さんが、俺は好きだ。だから、今日みたいにご飯を作れない日があってもむかつかない。むかつくといえば、むしろヒソヒソ母さんの悪口を言ってるばばあ達の方だ。

「千円か…」

コンビニ弁当は飽きた。まだ夕焼けのチャイムも鳴ってないし、せっかくだから商店街に行こう。
そう思い立った俺は千円をポケットにいれて、家を出た。



夕方の商店街は、沢山の人でにぎわっていた。中には家族連れもいて、それを見るとなんだかむしゃくしゃした。なんで商店街なんかこようと思ったんだ俺は。そんな後悔をしたりもして。
まぁそんな後悔も、目当ての惣菜屋に着いたら吹っ飛んだわけだけど。自分ながらガキくせぇとおもうけど、美味いもんに目が輝いちまうのは仕方ないことだとおもう。

「あらゆうまくんいらっしゃい!今日もお留守番なの?」

ここの惣菜屋のばあさんは、何かと気にかけてくれる。母さんのことも、別に変に言わない。

「ん…まぁね。」
「いつも偉いわねぇ。今日もおまけしてあげるから、たんとお食べよ!」
「うん。ありがとばあさん。んー…どれにしようかな。」

たまごやき、肉じゃが、八宝菜、…沢山のおかずが並んでいる。どれも美味いから、選ぶのにはとても時間がかかる。

「うーん…うーん……」
「麻婆豆腐、2人前下さい。」

ふと、横からおじさんの声がした。見ると、白髪混じりのおじさんと、男の子がいた。仲良く手を繋いでるのをみて、親子かなと思った。

「こんにちはしょうすけ君!」
「こんにちはおばあさん!」
「ははっ、今日も元気がいいねぇ!」

男の子の名前は、しょうすけというらしい。背丈は俺くらい。でも、顔は俺より全然幼いし、
(…かわいいな…。)

「…君、おつかいかい?」

お父さんの方が突然話しかけて来た。びっくりして見上げる。よくみたらお父さんの方もカッコイイ…。

「え?あ、いや…違います…えと、自分の夜ご飯買いに…」
「え?じゃあ…一人で夕食を…?」
「この子のお母さん、夜働いてらっしゃるんですよ。」

ばあさんの言葉に、お父さんはなにかを悟ったような顔をした。俺はなんとなく気恥ずかしくて、ご飯を決めるのも忘れて黙り込んでいた。


「一緒に食べよ!」

ぎゅっと手を握られる感触がした。目をやると、そのしょうすけという男の子が俺の手を握っていた。

「一人よりみんなのほうが美味しいよ!ね、食べよ!」

…こんなに馴れ馴れしい奴、初めて会った。マンガみたいな言い方だけど、"まぶしいえがお"。まさしくそんな顔をしている。

「そうだね。君さえよかったら…是非一緒に。」

お父さんの賛成を得てしょうすけはさらに元気になった。握った手をぶんぶんして誘ってくる。

「わ…わかったよ…。」

根負けしたのかよろんだのか、俺はきがついたら賛成してた。

「じゃあおばあさん、麻婆豆腐、もう一人前。」
「はいよ!キュウリもみサービスしてあげる!」

そうして、やったやったとウキウキしながら歩くしょうすけに手を握られ、俺は二人についていった。
ふと後ろを振り返ると、惣菜屋のばあさんがニッコリほほえんで俺達を見送っていた。



------------



「「ごちそうさま!」」


こんな楽しい食事は、久しぶりだった。
惣菜以外にも叔父さんが料理を作ってくれて、…そう、この人がお父さんではないという驚きはあったけど、いろんな話ができて。自然と笑いも出るくらいだった。


「お口に合ったかな?」

食器を片付けながら、叔父さんは尋ねて来た。

「あ、はい、美味かったです!」
「フフ、それはよかった。」

叔父さんはにっこり微笑んだ。

「あとでデザートを持って行ってあげるから、それまでしょうすけと一緒に遊んであげてくれないかな。」

みると、しょうすけは縁側に座っている。俺はしょうすけの方へ行き、横に座った。




「…何してんの?」
「ん?お星様みてるの。ほら、見てみて♪」

しょうすけは夜空を指差す。つられて見上げると、星の川がキラキラとかがやいていた。
いままで夜空なんて見上げたことがなかった俺はただただ素直に感動した。

「すげぇ…。」
「お星様が川みたいになってるのは天の川っていうんだって。叔父さんが言ってた♪」
「へぇ…」

俺としょうすけは、しばらく天の川を見てた。風になびく庭の草がサワサワ聞こえるくらい、静かに。



「…つかもとくん」

ぽつりと、しょうすけが言った。

「ゆうまでいいよ。」
「じゃ、じゃあゆうまくん!」
「何?」

そう尋ねると、しょうすけはふいに、俺の肩に頭をもたげた。



「今日は…ありがとう///」



俺はびっくりした。俺がありがとうと言われる意味がわからなかった。

「そ、それは俺のせりふだよ;晩飯に誘われたのは、こっちなんだからよ…」
「あっ、そっか!」

えへへと笑いながら、しょうすけは手をギュッと握ってきた。


「…でもやっぱり、ありがとうだよ」
「…なんで?」
「嬉しかったんだもん…///」
「…まさか、俺との晩飯が?」
「…うん///」

俺としょうすけは、ふと見つめ合ってしまった。
しょうすけが女の子みたいな顔を真っ赤にさせて、俺を見る。
不思議と、目を逸らす気にはならなかった。

それどころか、俺は…


「俺も…すごく嬉しかった。


…ありがとう、しょうすけ君。」





デザートを貰って、またしばらく遊んでから、俺は家へ帰った。
帰り際
「また遊ぼうね!」
そう約束して、指切りげんまんをした。

「…。」

帰りの道、俺は指切りした小指を、ずっと眺めていた。しょうすけの柔らかくて、温かい指の感触を思い出しながら。


「…あいつ、俺と同い年なんだっけ。」


来年、俺は小学校へ行く。小学校なんてくだらない、行きたくねーと思っていたけど。


「あいつと、いつも会えるようになんのかも…」

そんな楽しみが一つ出来て、期待で胸が少し、膨らむ気がした。



fin


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