ほんの少しでも良いから、考え直してもらえる機会になればと思っていただけなのに。

何がどうしてそうなった?



みっちゃんの仮装大賞



厳しい冬も終わり、花の蕾がその姿を少しずつ膨らませ始めている。しかし、まだ春の陽気と言えるほどでもなく、肌寒い風が頬を撫でていく。

そんな空気を感じながら、島左近はゆっくりとした足取りで歩いていた。特に何かどこかへ行こう、などという目的があるわけではない。ただひたすら、続く道を歩いているだけであった。

やれ戦だのなんだのとある場合は忙しくて、季節の移りゆく様など感じる暇もない。だから、こんな風に時間に余裕のある時は意味もなく出歩いて、なるべく季節の情緒に触れようとしているのだ。

しばらく歩いていると、大きな橋にかかった。橋の上で左近は立ち止り、その下で滔々と流れる川を眺めた。川の流れを見つめていると、自分の抱えている悩みが不意に思い浮かんできた。

頭を抱えるほどの大層な悩みということでもないが、最近気になることがある。その原因は言うまでもなく、左近の主である石田三成だ。

主の自分に対する行動が理解できない。それが左近の悩みの種となっていた。

かつて、家臣ではなく同士が欲しいという真っ直ぐな言葉に惹かれ、左近は石田三成に仕えることを決めた。

三成自身の禄の半分に当たる二万石という高禄を与えられたことにも感謝しているし、そこまで自身を必要だとしてくれていることも嬉しい。

しかし、実際それほどまでに自分は重要視されていないのではないか、と思う出来事が多々あった。

若干気難しく、人とかかわるのを得意としない主の性格は、良く分かっている――はずである。世渡りが上手いとは言えない主の一挙一動にやきもきさせられることもあったが、それは性分なので仕方がないと分かっていた。

主の性格は良く分かっているはずであったが、最近は今まで以上に自分の扱いが酷いのではないかと思うようになった。思いついたことを即行するのは、別に悪いことではない。しかし、その思いつく内容が問題なのである。

三成の行動は、世間一般の普通とはかけ離れている。

主のワガママに付き合わされて西から東へ奔走したり、無茶苦茶な難題を吹っ掛けられたり、突然庭に掘られた落とし穴に落とされたり、虐めに近いような扱いを左近は受けていた。

他人に対してあまり心を開かない主がそんなことをするのは、左近に対して気を許しているからだとも言えるが、物事には限度というものがある。

積もり積もった不安が、左近の心に重くのしかかっていた。

橋の欄干に肘を載せ、清流の行く様を眺めていた左近は、大きな溜め息を吐く。こんな心中を話すことのできる人物など身近にはいない。一度腹を据えて、三成に相談するべきか。

そんなことをぼやぼやと考えていると、突然、どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。

「早まっちゃ駄目だよ!」

左の頬を思い切り殴られた左近は、一体何が起きたか理解する間もなく橋から吹っ飛んだ。

宙へと浮いた瞬間見えたのは、右の拳を思い切り突き出している本多忠勝の姿であった。

なんだ、と驚きの声を上げることも叶わないまま、左近は冷たい川へと落下していったのである。



「ありゃりゃ、あたしの勘違いだったみたいだねぇ」

「はは、勘違いなら仕方ないですよ……」

全く悪気の感じられない、あっけらかんとした声を出すのは、三成の主君である豊臣秀吉の妻・ねねである。それに対して、愛想笑いで左近は答える。

建前上あのように言ったが、仕方ないわけない。なんせ身を切るような冷たい川で、水浴びをする羽目になったのだから。未だガタガタと震える体を左近はさすっていた。

ねねは左近が川に身を投げようとしていると勘違いしたのだ。橋の上に黄昏ながら佇む左近の姿を見て勘違いしたねねは、変化の術を使って本多忠勝に変身し、力技で思いとどまらせようとしたらしい。

しかし、自殺を止めるどころか、逆に止めを刺して息の根を止めかねない方法だと左近は思った。

前にもこんなことがあったような気がする。一歩間違えれば大変なことになっていたかもしれなかったが、ねねはちょっとした失敗といった感じで笑っていた。

取り敢えずそんなことはさておき、川に今にも身を投げそうなほど深刻な表情をしていたとは、自分でも気付かなかった。余程、真剣に考え込んでいたのだろう。

「何か悩みでもあるのかい?あたしに相談できることだったら、何でもお言いよ」

このねねに対して、左近の主はあまり頭が上がらない。いわゆる苦手な人物に当たる。主君の奥方ということもあり、また母のように接してくる彼女を無碍に扱うことは出来ないらしい。

「悩みってほどでもないんですがねぇ」

「もしかして三成のことかい?」

女だけでなく、母の勘というのもなかなか鋭いようである。左近が何も言わないのに、その悩みの根源をピタリと当てるのは流石としか言いようがない。

ねねの言葉に、左近は否定する素振りを見せなかった。普段ならば、違いますよなどとお茶を濁して済ませているはずだが、今回は誰かに話を聞いてもらいたかったのだ。

自分は主に信頼されているのかどうか。それが少し不安だということを、左近は苦笑しながらねねに告げたのだった。

左近の簡単な説明を聞き終えたねねは、首を傾げて呟いた。

「うーん、三成は気持ちを表現するのが苦手な子だからねぇ」

「あまり素直に感情を出さない方だとは分かってるんですがね、どうにも不安になるんですよ」

言葉で言ってくれないのなら、態度で推し量るしかない。しかし、その態度が理解できないのだ。

三成の行動によって、主従の関係に亀裂が入ることを左近は恐れている。そんな柔な絆ではないとこれまで自信を持っていたのだが、その自信が今は少しだけ揺らいでいる。

ねねから少し言ってもらえば、三成も考えを改めるまではいかなくても、ちょっとは気を遣ってくれるようになるかもしれない。

高望みはしない。少しでも労わってくれるようになったら幸いである。そんな些細な左近の願望を叶えるのに、大層な準備や心構えなど必要なかった。

――だから。

「そうだ、良いこと思いついたよ!」

そんな台詞が出てくるなどとは、全く思っていなかったわけで。



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