01 | ナノ
01
まだ日も高いうちから酒場は賑わっていた。ベルサイユ条約によって訪れた超インフレ。抱きしめるほどあるこの札束は紙切れ同然の価値しかない。入るときにはこれで足りた酒代が帰りには足りなくなるなんてことは最近ではしょっちゅうだ。それでも憂さを晴らしたい男達は昼間から酒を煽りにやって来る。
ガチャリ、ドアについた鈴が響く。酒場に数人の御婦人が入ってきた。酔った男は絡む。
――ここは御婦人方がくるような場所じゃないぜ。
その瞬間、御婦人達はボール型の銃器に姿を変えた。
――な、なんだ、これは。
悲鳴とともに爆音にも似た銃声が酒場中に響き渡った。
何げなく買い出しに行くと酒場の周りが嫌に騒がしかった。気になりつつも通り過ぎようとすれば知った顔を騒ぎの中に見つける。
「酒場に居た人達が消えた?」
エドワード・エルリックは目の前の警官の言葉を理解するのに少し時間がかかった。消えたとはどういう意味だろう、逃亡という意図だろうか、と。
「昼間に、服だけ残して消えてしまったというんだ」
「昼間に服だけ……?何処かに連れて行かれたってことか?」
「詳しくは調査中だ。大型の銃器による銃痕が残っていてな、酒場の損壊も酷い。テロかもしれん。もしそうだとすれば全員死んでる可能性が高いだろうな。上に連絡したところ近々専門家だかなんだかが来るとか言っていたな。どこまで当てになるかは分からんが」
「専門家?何の?」
「それは聞かされてねえ。こんなこと一般人にまだ話せないんだぞ。ここまで話してやっただけ感謝しろ。」
「へいへい」
ヒューズの言葉も一理ある。もっと詳しく知りたいところだがそれ以上の追及は避けるべきと判断し取りあえず納得した。
「それよりお前、ドイツを出るらしいな」
思い出したようにヒューズは言った。
「ああ。最後にアルフォンスの墓参りだけしたらアメリカに行くつもりだ。知り合いが居るんでね」
こっちでできた親友の名前。最初は外見のせいか弟の代わりとしてしか見ていなかった。自分で名前を出したのに何かが奥できりきりと痛む気がした。
「――アルフォンス、か。そういやあアイツが死んで一年になるもんな」
どうやら何かが痛むのはこの警官も同じらしい。
「オレは未だにあの日あったことが信じられねえんだが……」
「ヒューズさん、よく上官を撃ったのに無事だったよな」
「まあな。あんときは状況が状況だったし。……今でも帰りたいのか?」
「あれは夢の中の出来事だったのさ。今のオレにはこっちが現実」
「そうか……」
その眼差しはどこか寂しげだった。