Allen | ナノ



 酒場でざわめきが起こる。そのざわめきの中心に、白い少年はいた。

「糞が!!」

 罵声とともに男は立ち上がる。少年の胸倉を掴みながら。

「巫山けんな、如何様しやがって」

 怒気を孕ませたそれはその少年に一身に向けられた。

「負けたからって八つ当たりですか、見苦しいですよ」

 憤怒を向けられているというのにその少年が怯む様子は微塵も無い。それどころか、どこか挑発的に駁する。

 しかし、その態度にさらに気が昂ぶった男は、瞬間的に拳を振り上げた。
 周りの大人たちは思わず目を逸らす。こんな小柄な少年がこの大男に敵うわけがない、そう思うのは当然といえた。

 しかし、その拳が当たる音は何時までたっても響き渡ることは無かった。

 目を逸らしていた客の一人の男が少年の様子を顔に充てた手の指の隙間からちらりと覗き見て唖然とする。

 そこにあったのは大人たちの予測とは逆の光景であった。

 少年の左手が殴りかかろうとする男の拳を掴んでいた。
 男の二の腕はまるで筋肉の鎧を纏うかの様であるというのに。

「負けたからって暴力ですか?感心しませんね」

拳を掴む少年の握力は予想以上に強いのか、男の額を見れば冷や汗が浮かんでいる。

「何なんだ、お前は」

 泰然とした少年に気後れしたようだ。男は拳を引っ込める。

「何であろうと、貴方に関係は無いでしょう」

 クスクスと笑う。その笑みはどこか妖冶だった。

 男は見縊っていたのだろう。貧弱そうで、品の良さそうな顔をしたこの少年を。

 しかし今の少年はそのただ貧弱そうなだけには見えない。なぜだか妖しい匂いを感じ、悪寒がした。

「畜生!!」

 掛け金を全て卓上に投げ捨てるかの様に放ると振り返る事無くその場を去っていく。

 呆然とそれを見つめていた他の客たちも、なんだか居た堪れない心地がして一人二人と次々にその場を去って行った。

「貴方は如何します?」

 去っていく客たちを見送った後、一人残った私を見て少年は涼しげな笑みを浮かべながら問う。

 冗談じゃない。身包み剥がされるのは御免だ。

「また今度にしておくよ」

 そう答えると少年は詰まらなそうな顔をして投げ捨てられた掛け金を集め出した。

 私もこの酒屋から出た。

「やってられるか」

外の風は嫌に冷たかった。









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