1 | ナノ




それは何気ない日常から始まった。

深々と降る雪がこの巨大な〈ホーム〉を白一色に染めていく。

――白の世界だ。

窓の内側からそれを覗き見た少年は思った。普段は彩り豊かな世界が白一色に染まるのは壮観だ。
焦点を変えて、溜め息をひとつ零す。少年の目の前の硝子には影。それは常に少年に付き纏う。まあそれももう見慣れてしまったものなのだが。それでも少年の心は晴れない。何だかわからない影。不明というのは恐ろしい。

「ウォーカー、どうしました」

前を歩く金髪の監査官は足を止めた。自らの監視対象を不審に思ったのであろう。

「いえ、随分と降るなあって」

アレンは誤魔化す。

「さあ、それより早くこれを全て書いて貰います」

二人の両手には山と積まれた紙の束。少年はうへえといかにも嫌そうな顔をする。少年が歩き出したのを確認すると監査官も再び歩き出す。

ぐわり。

――あれ?

一瞬、少年の世界は歪んだ。目が眩んだのだと気付くのには少し時間がかかった。しかしそれはすぐに元に戻る。

――何でもないか。

少年は歩調を早め、離れた監査官との距離を詰めた。

















少年が膨大な数の食べ物を注文するといつものようにオカマの料理長は感心しながら楽しそうに注文の全ての料理を出してくれた。

 「相変わらずよくそんなに食えるさ」

 横で見ていた眼帯の少年はいつものことながら呆れた表情をしている。

 「まったく。君は少し栄養のバランスを考えなさい」

 監査官も呆れた顔をしているが、彼の抱えている朝食もケーキであり人の事は言えない。しかもそれを少年が指摘すれば「私はいいのだ」などと開き直るのだからタチが悪いともいえる。

 目の前に漆黒の髪の少年が通りかかった。高い位置で結われた長い髪が印象的だ。眼帯の少年はすかさずそれを見止め、手を振った。

 「ユウも一緒にたべるさー」

 「誰が食うか馬鹿兎」

 軽快ないつもの調子で誘たラビにいつものように辛辣な言葉で返す。普通の人ならそれに怯んでしまうところであるが何分付き合いは長いのだ。ラビは押される事無く誘っていた。

 ぐわり。

 それを何気なく眺めていたアレンの視界は歪む。何度目のことだろう。思わず目を擦る。すぐに世界はもとの安定した形に戻った。

――疲れているのか?

 「相変わらず惚(ほう)けた面しやがって。モヤシ」

 ぼうっとしていたアレンに気づいた神田は敢えて挑発的に言った。

 「ア・レ・ンです!!人の名前も覚えられないんて惚けてるのは神田でしょ。このバ神田」

 「上等じゃねぇか。今すぐ叩き潰してやる」

 「どうぞ。やれるものなら」

 二人の言葉争いに周りは冷や冷やだ。尤も、親しい者たちは呆れていたが。
















 「アレンくんとリナリーにはハンガリーに行ってもらうよ」

 室長のコムイ・リーが任務についての説明を始めた。教団の引っ越し以来久々の任務だ。一緒に組むのはリナリー。気心の知れた仲間とだし任務も聞いたところによるとそんなに大変そうなものではない。アレンに不安はなかった。

 「わかったわ。兄さん。そこに行って回収してくればいいのね」

久しぶりの任務だからだろうか。リナリーはどこか楽しそうであった。楽しそうなリナリーを見てアレンは何故か安心した。

 「リナリー!!!足は本当に大丈夫なんのかい?気を付けておくれよ。なにかあったら……」

 一瞬で室長の顔からシスコンの顔になる。

 「もう、大丈夫に決まってるでしょ。アレンくんも居るんだし。ね、アレンくん」

 ぐわり。

 「え?あ、はい。大丈夫ですよ」

 「どうしたの?アレンくん」

 話がかみ合っていない。リナリーはアレンの様子に戸惑う。アレンの顔は蒼白だった。

 「顔色が悪いわ」

 よく見れば冬だというのに汗をかいている。

 「兄さん、今回の任務、絶対アレンくんじゃなきゃ駄目?休ませた方がいいと思う」

 彼の様子が尋常ではないとリナリーは判断する。

 「本当に大丈夫ですって」

 ぐわり。

 言う傍からアレンの視界がぼやける。

 「アレンくん、ちょっと医療室に行った方がいい。任務は他の人に行って貰うから」

 コムイもアレンの様子は尋常ではないと判断し、諭す。

 「……分かりました」

 いつもはすぐ治まる目眩がまだ治まらない。ぼうっとした頭で椅子から立つが頭が重く足が動かせない。

 ぐわり、ぐわり、ぐわり。

 もう目の焦点が合わない。リナリーが、コムイが、何か必死に話しかけている。しかしアレンはどうしてもそれを聞き取ることができない。
 そうしてとうとうアレンは張りつめた糸が切れるようにその場に倒れた。






 アレンの傍を通り過ぎていく人々。

リンク

チャオジー
マリ
李佳
シィフ
蝋花さん
フォー
ウォンさん
バクさん
クロウリー
ラビ
ミランダ
ジョニー
リーバーさん
コムイさん
リナリー
神田

師匠

マナ


――マナ?




 微かな呻き声とともに目を開けた彼を見てリナリーは安心の溜め息を吐いた。

 「大丈夫?アレンくん」

 アレンの顔を覗き込みながら訊ねる。

 「君は倒れたんだよ。このところ心配事が多かったからね、疲れが出たんだろう。」

 コムイが補足した。

 「まったっく。君は人を心配ばかりさせる」

 反対側に座っていたリンクも安心した顔をする。

 「とにかく安心したさ……」

 倒れたと聞いて駆け付けたラビも居た。

 しかしアレンは何も喋らなかった。それどころかまるで見たことのないものに驚くような固い表情。

 「どうしたんだい、アレンくん」

 不審に思ったコムイがアレンに問う。

――アレン。

 「アレン?」

――それはあの犬の名前だ。あの時オレの腕をなめた、あの犬の。

 〈赤腕〉は思わず涙を流した。




 そう。アレンは、アレンではなくなっていた。












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